知らない夜

1/8
前へ
/8ページ
次へ

知らない夜

 これは、かつて僕が引き籠りになった理由と、そんな僕を救ってくれた老人との出会いまでの物語。何のことはない、平凡な物語。けれどそれは、僕にとってはとても、とてもあたたかい出会いだった。  僕がかつて引き籠りなった理由は、元を辿れば小学生の時の、母の死が原因なのかもしれない。もう随分と前の事だから、今となってはそう思えなくもない。程度のものだけれど。  けれど当時の僕は幼くて、この世の終わりの様に感じていた。  母は、肝癌というよく分からない病気だったらしく、あの日学校から帰るといつも出迎えてくれる母は居なかった。僕はソファーにカバンを投げてから自堕落にポータブルゲームに興じ始めた。  それから数時間経っても、母は帰ってこなかった。ゲームに夢中になっていた僕は時計をあまり気にしてはいなかったけれど、夕飯の時間が過ぎてからやっと掛かってきた電話で、いつもと様子が違うと薄く感じた。  その電話は父からで、引き出しにお金が入っているからコンビニで夕飯を買って食べてほしいと、その時どうしてか、子供心に母の顔が浮かんだのを覚えている。  母の事を聞くと、帰ったら説明するとしか言われなかった。だから僕は素直にコンビニで買ったお弁当を食べてからまた、ゲームをしていた。  そういった中で、僕は何かしらしていたはずの薄い勘ぐりを忘れて、1人暮らしってこんな感じなのかと想像し、いいな。なんて思っていた。  そうしていくつものクエストをクリアしていく中で、気がつけばその日の半分が体育だったこともあり軽く眠ってしまっていた。  目が覚めたのは、玄関のドアが開けられた音で、時計を見ると22時を過ぎていた。 「おかえり」という言葉に父は素っ気なく、「あぁ」と答えてから話があると僕の方を見ずに何かの支度をしながら話を始めた。 「母さんが、入院する事になった。」  この時、僕はまだ事を大きくは理解しようとせず、鼻で風の中を抜けるような、生温い返事しかしなかった。  それから2日、3日、1周と毎日が過ぎていった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加