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母のいなくなった家は、怖いほど静かだった。父は、夜まで帰ってこない。もちろんそれまではゲームがやり放題ではあったのだけれど、いつの日か望んでいたはずのその時が、あまりぱっとはしなかった。それに加えて父も、帰ってきてから僕にボールを投げる事はあまりなかった。もともと父は物静かで、僕は遊んでもらった記憶もなければ、それこそあまり楽しく笑いあった覚えも無かった。気まずい、と素直に思っていた。
そんな生活に耐えられなくなった僕は、学校帰りに母の病院に通うようになった。
思えば、母はすぐに帰ってくると思っていた僕は、お見舞いなんて行かなかった。そして日にちが経つ度に行くタイミングを徐々に失っていった。
けれど数週間たってやっと、初めて会いに行った。僕は母を見て、恐怖を感じた。
母は、僕の知っている母とは少し違っていた。いつも笑っていて、怒ると怖かった面影は、もうなかった。
白で統一されたベッドや衣類の中に居た母は、痩せて居て、肌がぼろぼろに見えた。
僕は一度名前を確認したが、やはり母で、その顔もはやり、母だった。
「お母さん」と、疑問符を置いて見る。
その顔がゆっくり動き、僕を見下ろした。こんな母を見るのは初めてだった。けれど、「照くん・・・」と囁くその声は僕の知っている母のものだった。
僕は近づいた。母の眼の下にはクマがあった。
「お母さん、大丈夫? いつ帰ってくる?」
そう言った僕に、母はすぐ帰ると言った。その言葉が嘘なんだとわかったけれど、別に言わなかった。
それから毎日病院に通い、面会が終わると家に帰って宿題とゲームをする毎日を過ごしていた。気まずい家の中で、他人の様な父と2人で。
しばらくしてから、母が死んだ。深夜、リビングから突然鳴った電話の音が僕らの目を覚まさせた。
普段から度々鳴るあの音が、違った。いつもなら遊びに誘われるときになる電話の音に心踊らされて居たけれど、この時の電話の音はとても、怖く、不快に思えた。
その電話を受けてすぐ。僕を連れて父は母の居る病院へと向かった。受付と非常口の明かりのみが、薄っすらと光っていた。
僕だけが、看護婦と待合い室で待っていた。
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