知らない夜

8/8
前へ
/8ページ
次へ
 園長と職員、浅間が手続きかなんかをした後で僕はタクシーに乗せられた。施設の奥から、彼らが僕に中指を立てていた。  そんな彼らが雨の壁にはさまれて、遠のいて行く。僕は窓に頭をつけながら線のようになる景色を眺めていた。また、母を思い出しながら。   あの日、父の車で後部座席に座っていた時の事を…。  何だか今日はあの日と少し似ている。 ワイパーの音と、水をはじきながら走るタイヤの音だけが車の中に聞こえていた。静かで心地よく、居心地が悪かった。 「これからよろしく葵くん。 私は浅間文一」 この時浅間さんに突然話しかけられた僕は心臓を握られたくらいに思っていた。それでも僕は、「はい、葵照です」と少しだけ嫌に思えて施設に戻りたいという感情を押し殺して言った。 「心配しないでいいよ、とりあえずは疲れた心と体を癒すことにしよう」と浅間さんは言っていた。僕はその言葉に淡白に答え、寝たふりをした。  それから恐らく数十分たった頃に、電車に乗り換えてまた数時間ひどく退屈な時間を目を閉じたまま、電車の振動に揺られ雨の音を聞きながら過ごした。  目を覚ましたのは、浅間さんの、「ついたよ」という言葉で、自分でもいつの間に眠っていたのか全然覚えていなかったけれど、何故か、少し心がすっとした気持ちになった。ふいに指でほほを触ると、泣いていたようだった。でももしかしたら涙ではなく、水滴がいくらか頬についただけかもしれないと。水をぬぐった。それでも、確かにこの心が抜けるような心地よさは、少しだけ心当たりがあった。  そこからまたタクシーで二十分程して、家に着いた。  素直は印象は豪邸と呼べるものではなかったけれど前の家よりは大きいと思った。そして二階の一室を貰えた。ここも僕の家より広い。  そして自由に使っていいよといってくれた言葉通り僕はあの部屋をすぐ自分のものとして自分だけの空間にした。そしてその時にはそれがとても贅沢に思えた、埃まみれのベットなのに。それと同時に不思議とすごくもやもやしてた。何かにイラつくような、そんな色々な気持ちが混ざったような。そんな気持ちが。  けれどここが、僕の家になった。今の僕に与えられたたった一つの住むところ、僕が、住んでも良い所に。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加