45人が本棚に入れています
本棚に追加
次の日は、近くのお寺へ行った。
「ここぐらいしかみるもんないけ」
「ていうかなんでお前がついてきとる」
「ええじゃろ」
三葉に舌を出して、小夜は俺の腕を掴んだ。その寺は山の上にあって、ロープウェイに乗っていった。あまり下は見ないようにした。怖いんじゃろ、ちゃう、怖いんじゃ、ちゃう、の応酬をしているうちに頂上へついた。そこからは彼の育った街が一望できた。坂道、そこに連なる家々、海と対岸の島。穏やかな海を眺めながら育つ。殺風景な市営住宅で育つ。それで同じ人間になるわけがないんだと、彼の金色の髪が光に透けるのを見つめていた。
「三葉、あのこと家族に言うてへんのか」
ずっと気になっていたことだった。彼はふうと大きく息を吐いた。
「言うとらん」
そうして街を見つめながら言った。
「ここで育った俺も事実で、あの人に傷つけられた俺も事実じゃ。けどできれば前者のままで過ごしていきたい。ここにそういうことを持ち込みとうない」
山の斜面に張り出した本堂の舞台に立って、小夜がこちらに手を振っている。 その奥で、春の海が穏やかに揺れている。眩しかった。彼女は傷つく前の彼だ。
「ええよ、手つないだりとかしても。私におかまいなく」
最初のコメントを投稿しよう!