リズムをつかむ

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こめかみに手をあてる。傷跡が気になったんだろうといえばそれまでだった。でも触れる指先はやたらなまめかしくて、心臓の奥の方が震えた。すっかり目は覚めてしまったけれど、私は目を閉じたまま、その指先のやわらかさを思い返していた。目を閉じていても空が白んできたのは分かった。でも私は、朝がきたことに気づかないふりをした。 ・ バトンを投げる。目で追う。掴む。タイミングがずれて、落としかけた。危なかった。 「すごい」 いつのまにか三音さんが縁側に座ってわたしのことを眺めていた。兄ちゃんがパジャマのままやってきて、その隣に腰掛ける。 「でもなんで制服なんじゃ。もう卒業式したんじゃろ。それはコスプレじゃ」 そうだ。スカートの裾が膝の裏側に擦れる、セーラー服の襟が揺れる、その感覚で自分のことを確かめる。そんな季節はもう終わったんだ。 「うるさい。最後に制服で演るんじゃ」 その流れに反抗するように、兄ちゃんに言い返した。それに制服で演技するのも事実だった。父兄と友人だけが観に来る、内々の発表会。旧三年生にとって最後の演技。それは数日後にせまっていた。今日も午後から練習だ。 「それ、俺ら観にいったらあかんやつか」 「え」 「みてみたい。小夜がバトンやったはるとこ」 三音さんの言葉に、なぜだか顔が熱くなっていく。 「なんじゃそんなん俺でもできるわ。見てみい」 兄ちゃんは私からバトンを奪い、空中へ放り投げた。掴み切れず、バトンは地面に転がった。三音さんは何も言わず寒い目をして兄ちゃんを見ていた。 「その目はなんじゃ。お前もやってみい」     
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