本当の色

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俺の育ったところは京都の伏見というところだ。伏見というとたいていの人は伏見稲荷大社の、あの鮮やかな朱の千本鳥居を想像すると思う。でも俺の住んでいた伏見はそういう伏見じゃない。荒涼とした土地に淡々と市営住宅が並んでいる。そういう伏見だ。そこには季節がなく、いつも冷たい風が吹いているようだった。 一方、俺たちの通う大学があるのは京都の北山。彼の下宿もその近くにある。北山は綺麗な場所だ。洗練された都会といった風で、教会や雑貨店や洋菓子店が整然と並んでいる。北山通のイチョウ並木の下を歩いていると、汚れた自分もいくらかマシな存在になっていくような気がした。 だから今さらあの家に帰りたくなかった。けれども遠出の準備をするのに、帰らないわけにはいかない。母がいたらどうしようかと思ったが、その事態は避けられた。玄関を開けた先にあったその暗闇に、いちおう「ただいま」と言ってあげた。ちなみに俺に父はいない。自分の部屋はもう別人の横顔で、それでもそのベッドに横たわった。 翌朝は寒さで目が覚めた。震えながらクローゼットを開く。彼女として紹介される手前、スカートを履いたほうがいいかと彼に尋ねたが、スカートなんて一着も持っていなかった。ブルーのジーンズにそっと足をいれる。白いシャツを羽織る。下から順にボタンを留めていく。下着でおさえつけられた胸元が隠れていく。 俺は女だ。
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