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三音さんは、私の目をみてじっと黙っていた。ああ、三音さん、分かってくれてるのかな。
「お母さんが、みかんって」
三音さんがみかんを差し出す。私はしっかり受け取ったと思ったのに、それは床をころころ転がっていった。三音さんが、手渡してくれたのに。
「三音さんが、」
言ったところで、言葉に詰まってしまった。これ以上言ったら、言葉と一緒に涙もこぼれてしまう。でも私はそれをちゃんと掴みたいと思った。
「無理せんとき」
三音さんはそれを拾って、丁寧に皮をむきはじめた。細くて白い、女の人の手だった。私はその手を引っ張った。唇と唇がぶつかるだけ。それがはじめてのキスだった。
「痛い」
バトンを頭で受けた時と同じ風に三音さんは言った。それから静かな目で、私の目をみつめた。凪いでいる海のようだった。
「好き」
三音さんの目が揺れた。
「三音さんが好きなんじゃ。兄ちゃんのことも好き。だから二人のこと壊したくてこんなことしとるわけじゃない。もうせんけ、安心して」
私は三音さんが好きだ。兄ちゃんも好きだ。二人が好きだ。それは私にとってとても大切なことだった。声が震えても、涙がこぼれても、最後まで言わなくてはならないことだった。
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