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夜が明ける
「マサト、起きとるか」
久しぶりにその名前で呼ばれた。それは彼の名前であり、俺の名前でもある。とても気に入っている名前だった。
「うん」
「いったん外行くか」
日の出が近い。海と空の境界は赤に染まっていて、まだそれを知らない空の上の方は澄んだ青をしていた。綺麗なグラデーションだった。
「俺、このままでもいいって思うんや。最低やろ」
海を見つめる彼の背中に言った。
「俺も最低なこと言うけどええか」
「うん」
「俺は、お前の父親を殺してやりたい」
背中が震えた気がした。
「男は殻じゃない。もうお前の身体に馴染んでしもうとる」
彼が振り返る。海が背になり、顔は影になり、その表情はよくわからない。でも俺自身をちゃんと見つめていると、確かに感じることができた。
「俺は、殺したいお前の父親ごとお前を受け入れたい。ええか」
貨物列車がカタカタと島の淵をなぞって進むのがみえる。俺の中の男と女の間も、なぞってほしかった。三葉に。でもそういうのは、もういいと思った。
「ありがとう」
静かな夜だけがそこにあった。
・
家に帰ると、物干しにかかった小夜のセーラー服が、朝陽をうけてきらきらひかっていた。いつのまにか日がのぼりはじめている。ふと目を落とすと、家の壁面にバトンが立てかけてあった。手にとると、ひんやりとした感触が指に伝わってきた。それはやがて俺の手に馴染んで、じんわりとあたたまっていった。
バトンを投げる。いち、に、さん。回転の速度をよむ。バトンの銀が朝陽に反射する。眩しくてみえない。でももう大丈夫だ。俺は自分のリズムが分かっている。掴める。
夜が明けていく。
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