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入るとつま先がじんとあたたまっていった。ぼんやりしていると、ふと視線を感じた。隣に座っている女の子が、じっとこちらを見つめている。まんまるな瞳は黒目がちで、可愛らしかった。
「はい」
みかんをひとつ手渡される。彼女を見つめる。彼女もまたこちらを見つめている。何か言わなくては。
「おれ」
「俺?」
彼女は首をかしげた。ポニーテールがぴょんと揺れる。
「ではなくて、わたくしは正戸三音です」
「ワタクシ」
ますますおかしい、といった風に口をとがらせて俺の目をじっと見つめる。
「俺でええよ」
「ええの」
さっそくやってしまった。隣でこたつにあたる彼の父は、台所に立つ彼の母は、どんな顔をしてるんだろう。怖くて顔をあげられない。
「ええよ。むかし、学校に女じゃけど自分のこと僕っていう子おったよ」
「ほう」
「ていうか兄ちゃんと名前同じなんじゃね。結婚して、兄ちゃんがお婿さんに入ったら、マサトマサトじゃ」
「けっ…!」
彼がミカンを喉に詰まらせる。
彼の名前は三葉真聡。俺の名前は正戸三音。二人もマサトがいたらややこしいから、と彼は俺に名前を譲ってくれた。マサトという苗字は男の名前みたいで都合がよかった。名乗るのはいつも苗字だけで、大学ではいちいち本名なんて確認しないから、俺はますます男だと思われるようになった。むせる兄をよそに、彼女はつらつらと話を続ける。
「私は三葉小夜。小夜言うてください」
「さよ」
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