夜が明ける

1/2
44人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ

夜が明ける

「マサト、起きとるか」 久しぶりにその名前で呼ばれた。それは彼の名前であり、俺の名前でもある。とても気に入っている名前だった。 「うん」 「いったん外行くか」 日の出が近い。海と空の境界は赤に染まっていて、まだそれを知らない空の上の方は澄んだ青をしていた。綺麗なグラデーションだった。 「俺、このままでもいいって思うんや。最低やろ」 海を見つめる彼の背中に言った。 「俺も最低なこと言うけどええか」 「うん」 「俺は、お前の父親を殺してやりたい」 背中が震えた気がした。 「男は殻じゃない。もうお前の身体に馴染んでしもうとる」 彼が振り返る。海が背になり、顔は影になり、その表情はよくわからない。でも俺自身をちゃんと見つめていると、確かに感じることができた。 「俺は、殺したいお前の父親ごとお前を受け入れたい。ええか」 貨物列車がカタカタと島の淵をなぞって進むのがみえる。俺の中の男と女の間も、なぞってほしかった。三葉に。でもそういうのは、もういいと思った。 「ありがとう」 静かな夜だけがそこにあった。 ・ 家に帰ると、物干しにかかった小夜のセーラー服が、朝陽をうけてきらきらひかっていた。いつのまにか日がのぼりはじめている。ふと目を落とすと、家の壁面にバトンが立てかけてあった。手にとると、ひんやりとした感触が指に伝わってきた。それはやがて俺の手に馴染んで、じんわりとあたたまっていった。 バトンを投げる。いち、に、さん。回転の速度をよむ。バトンの銀が朝陽に反射する。眩しくてみえない。でももう大丈夫だ。俺は自分のリズムが分かっている。掴める。 夜が明けていく。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!