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二度目はドアノブだった。
うっかり触ってしまった彼女は、苛立ちのまま直ぐに管理人に報告を入れた。
中年の管理人夫婦はどちらも覚えがないという。二人とも小柄で、どう考えても手形の主ではない。
念のためカメラも確認して貰ったが、不審な侵入者の影どころか、彼女以外の誰かがドアノブに触れた形跡もなかった。
彼女は部屋を開けることが多く、オフ以外はほとんど寝るために帰るような状態。知人を連れ込んで騒ぐようなこともなく、隣接する部屋の住人とのトラブルもない。嫌がらせを受ける心当たりはまるでなかった。
三度目はドアを開けてすぐの廊下の壁。
手形を見付けた彼女は、直ぐに警察を呼んだ。
調べた結果、鍵を開けられた形跡は存在しなかった。室内に手形と同じ指紋は発見されなかったが、ファンレターの一つから一致するものが発見された。
地方から上京した折に彼女のライブを目にし、その後何度も通い詰める熱心なファンの男のものだった。しかし勤め先に確認を入れると、当日は出社していて時間的に来られるはずがない。そもそもその男が、彼女の住まいを知るはずがなかった。
寝室の壁で手形が見付かった時は、ちょっとした騒ぎになった。
男は警察に任意で事情を聴収され、彼女も事務所を通して近付かないよう強く釘を刺した。
その男が彼女のライブや撮影会に姿を現すことは無くなったが、手形は最後にもう一度だけ現れた。
最初に気付いたのは同じグループのメンバーだった。
着替えの際、彼女の背中にべったりと、男の手の形の染みが出来ているのを見付けたのだそうだ。
「もう災難よ! 幾らかかったと思う? 貯金はすっからかんだし、事務所に借金作るしで――」
思い出す度ぼやいて見せるものの、幸い手形はレーザー手術で除去出来たという。
事務所の社長がその筋の知人に頼んだらしく、男は急に職場に来なくなり、アパートにも帰らないそうだ。どこへ消えたのかは、彼女は気にしていないし、私も聞くつもりはない。
『次は身体の中に付けられるかもしれないな……』
そんな不吉な想像が頭をよぎるも、口にしないだけの良識は持ち合わせている。
あっけらかんと、変わらずアイドル活動に勤しむ彼女を見ていると、どうやら件の男は彼女の記憶に手形を付けるのだけは失敗したようだ。
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