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それはきっと、たったコーヒー1杯分のぬくもり。けれど、その人にとっての量だ。
あたしにとっては……ううん、きっとこの世の中で生きている人にとっては、全身を浸してもあまるくらいの量のもの。
そんな優しいぬくもりだった。
商店街はクリスマス一色に染まっている。赤と緑の模様。カラフルなイルミネーション。きっとそれは暖かいものなんだと思う。
けれど、あたしには、酷く空虚に感じてしまった。意味を見いだせなかった。
それは、ここを一緒にすごく恋人も、友達も今はいないから。
……独りぼっちのあたしは、すねているような気持ちになりながら、寒空の中、外れお店に向かう。
そのお店も、クリスマスの用意はされていた。けれど、とてもささやかだ。小さなツリーのおもちゃとサンタさんの指人形が飾ってあるだけ。そんな小さなクリスマス模様だ。
大きなものと言えば……。
「いらっしゃい。部活、お疲れ様」
店主さんがあたしに挨拶をしてくれる。サンタさんの赤い帽子をかぶった店主さんが。
二十代後半で黒く短い髪。たれ目のせいか情けないほど、優しい雰囲気を持ち、柔
らかい印象を与える人。
この喫茶店の店主さんだ。いつものような優しい笑顔を浮かべて、あたしを出迎えてくれる。
あたしは店主さんに顔を覚えてもらっていて……話を聞いてもらっている。
「いつものでいいかな?」
優しい声音であたしに尋ねてくる。「はい、いつもので」と憧れていた会話をするのだった。
正直、あたしにはコーヒーの良さは分からない。大人はブラックで飲むべきだというけど、まだまだお子様なので、砂糖とミルクをたっぷり入れて飲んでいる。
コーヒーの味はわからないあたしだけど……この暖かいコーヒーは、店主さんのぬくもりがこもっている。
「そっか……今日も部活お疲れさま」
「ありがとう、店主さん」
店主さんはいつものようにあたしの部活の愚痴を聞いて、そう慰めている。ぬくもりを感じさせる慈愛に満ちた言葉と表情で真摯に向き合ってくれる。
この場にはそういうぬくもりがあった。店主さんの人柄と、コーヒーが与えてくれる心休まるぬくもりが。
あたしは、そんなこのカフェと、店主さんが大好きだった。
どんなに冷たく寒く空虚な場所であろうと、このぬくもりを知っているのなら、この場所に逃げてこられるのなら、大丈夫だと。
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