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「面を上げよ」
一刀の声にも、まだ頭を上げない久遠。そして。
「帝、后妃様。新春のお喜び申し上げまする」
本日、謁見叶わなかった久遠の挨拶。まだ体の傷は癒えておらぬのだろう、声も張りは無い。其れでも此の言葉を一刀へ贈る事は、久遠にとって重いものなのだ。
其れを受け止めた一刀が、軽い溜め息を吐いて。
「届いた。もう良い……楽に致せ」
「はっ」
漸く、頭を上げた久遠。錦と目が合うと、少々気まずそうに会釈の仕草を見せる。そんな空気の中、一刀が徐ろに口を開いた。
「西の帝より、お前の婚姻についての返事が昨夜届いた。錦より数えて二つ後に帝位継承権を持つ姫であり、葵(アオイ)殿と申される」
「葵殿……」
久遠が呟いた声に、錦が微笑み。
「私の従姉妹なんだ。少しおっとりしているけど、可愛いらしくて優しい子だよ。年は久遠殿より少し下かな」
久遠は無邪気な其の言葉に、思わず気恥ずかしそうに微笑んで返す。此処でほんの少し距離が縮まった感覚に錦は、安心した様に更に表情を和らげて。
「私と錦の婚姻以降、国民同士では交流が盛んとなっているが、私と西の帝は直接顔を合わせる事は叶っていない。此方へどの様な印象をお持ちかわからぬしな……前向きに受け止めて頂ける様に、お前から姫へ文でも送ってくれ」
「畏まりました」
静かに、頭を下げる久遠。そして、錦へも顔を向けた。
「后妃様、葵殿の好まれるもの等お聞かせ願えませぬか」
改めて久遠から来た声に、錦は嬉しさに表情を和ませ。
「葵は歌と楽が特に好きだよ。夢見がちな子でね、歌には少し厳しいかな……花は、梅が一番好きだった筈だ」
得た答えに久遠は少し考える様な素振りを見せ、了承したと示す様に頷いた。
「有り難う御座いまする。では帝、筆と硯、紙を後程お願いして宜しいですか?」
「良かろう、後程手配する」
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