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其の後。新年を祝す為に用意された膳が並ぶ大広間へ、皇家の者達が集った。そして、上へ座する一刀と錦。一刀が先ず盞の酒を飲み干した処で、皆も盞を一度厳かに掲げた。其処より賑やかな酒宴が始まり、漸く皆が表情を和らげていくのだ。
一刀の二杯目の酒を、傍らの侍女が盞へと注ぐ。錦へは、甘酒が用意されていた。
「――お前は、飲めないのだったな」
盞を片手にそう言った一刀へ、錦が苦笑いを浮かべて。
「うん。婚礼のお酒は、口を付けただけだったんだ……」
そう。様々な祭事で東西共通して、酒は欠かせない飲み物だが、錦は苦手故婚礼の儀でも飲めなかったのだ。錦と共に酒を交わせぬのは少々寂しくもあるが、飲めぬと言うのも又良いと一刀は笑う。
「西の正月も、雰囲気は変わらぬか?」
何気無く振られた故郷の話へ、錦は表情を明るくさせ。
「うん。皆が集まって、姉上と御挨拶を交わして、膳も皆で頂くよ。御雑煮は白味噌でね、美味しいんだよ。でも、此方のすましもとても美味しいね!」
祖国の思い出を、嬉しそうに語る錦の笑顔に、一刀も思わず表情が和らいだ。
「ほう、白味噌か……一度食してみたいものだ」
そう興味を示してくれた事が更に嬉しくて、錦は瞳を輝かせる。
「何時か一刀と西へ向かえたら嬉しいな。後は、余興で其々、楽や舞を披露するよ」
そんな可愛いらしい事を。其れへ頷きつつ、酒を飲み干した一刀は一度盞を置くと。
「そう言えば、お前は楽にも秀でていたな。以前聴いた筝の音は、実に見事であった」
「そ、そんな……普通だよ……」
こんな席で改めて一刀より贈られた賛辞へ、錦は頬を染め俯いてしまう。其の慎ましやかな錦の姿に、目を細め見詰める一刀が錦へ手を伸ばす。
「今、奏でては貰えぬか」
軽くねだる言葉と、頬を優しく撫でる掌。錦の肩は跳ね、染まった顔も背けてしまう。いくら一刀の頼みでも、其れは錦には困難なので。
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