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秋川は周囲の他の人びととは違いけして、「頑張れ」とは言わない。
それは秋川流の優しさなのだと、瀬田は思い信じていた。
愚痴を言い弱音を吐いて、何時だって帰って来てもいいのだと、声なき言葉で言われ続けられているように瀬田には感じられていた。
秋川は瀬田に背を向けて、玄関へと歩き出した。
これから出勤をするのに「行って来ます」と言われて送り出されるのはひどく奇妙で不釣り合いな気がして、涙が出そうになったが、ギリギリのところで何とか堪えた。
瀬田はついては来なかった。
秋川はたった独りきりで玄関のドアを開けた。
十一月の朝の空気は冷たく研ぎ澄まされていて、大きく深呼吸した秋川の肺に深ぶかと突き刺さった。
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