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コンビニ
「お疲れ様でーす」
「おう、お疲れー」
「お先に失礼しまーす」
カラオケでのバイトを終え、怠い空気を引き連れ店を出て腕時計を見ると、既に夜の11時を回っていた。
どうりで眠いわけだ。
モッズコートの内側にまで伝わってくる寒さに身を震わせながら、暗い商店街を歩く。
表通りの騒がしさは、まるで見えない壁に遮られたかのように、一本裏に入っただけで全くと言っていいほど聞こえない。人も店も、寝静まっていた。
そんな商店の隙間に埋まるように、一軒だけコンビニがある。一人だけぽつんと二十四時間営業のそいつは、看板からも、店内からも溢れ出る青白い光で、目の前の道を煌々と照らしていた。その冷たい眩しさに顔をしかめながら、僕は通りすがりに中を覗く。
「あ」
いつもの店員と目が合った。今日はレジ横のコーヒーマシンをいじっている。
何か不具合でもあったのか、それともただのメンテナンスか。僕にはわからない。
彼も、毎日この時間にこの店で働いている。
名前も声も知らないけれど、バイトの帰りにいつも見かけるので顔を覚えてしまった。僕の顔を見た時の反応からして、向こうも同じみたいだ。
お互いに、軽く笑って会釈をする。僕は笑ったつもりだったが、もしかしたら顔をマフラーにうずめていたせいで、笑ったようには見えなかったかもしれない。
それでも向こうは爽やかな笑みを見せてくれた。
変な話、それで僕は満足だった。
僕らは、誰かの日常の背景になって生きている。
そこにいるのが当たり前で、「正常に機能する」のが当たり前で、いくらでも代わりのきく背景素材だ。
そんな中で、自分のことを一瞬でも「そこにいる人間」として認識してくれる存在は貴重だ。
向こうがどう思っているかは知らないけれど、僕にとっては彼がそれだった。
まるで、「今日もお互い『日常の背景』だったな」と、確認し合うような。
そんな、ある種の同情みたいな、傷を舐め合うようなこの一瞬が、明日も僕を生かしていく。
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