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「私は覚えてないけど、あなたは頭を撫でてくれていた気がするの」  体の奥に、心の深層に閉ざされた熱が確かなら。父は優しく微笑んで、精いっぱいの愛を込めて私を撫でたのだ。 「ずっと、『父』なんて要らないって、お母さんだけで幸せだって思ってきた」 事実、私は幸せだった。  ただ、満たされなかった。 「でも本当は、私は欲しかったんだと思う。誰かに、そう、例えば幼馴染の子だったり。私は誇らしく、自慢げに話したかったんだ」  誰もいない空の墓碑に、一人呟く言葉が染みた。そして私は用意していた花を一つ供え、一礼をして背を向ける。空を見上げれば、どんよりとした重たい灰色が陽を遮って、一帯の風景を陰に落とし始めていた。 「初めまして。そしてさようなら、『お父さん』…」  振り返らず、私は歩を進める。もうきっと、ここへ来ることはないだろう。  求めていた父は、確かに『私』の中にあると、それが分かったから。誰とも知らないものが残した記録などで、一体何が分かったというのか。もうここにはいないけれど、私は世界の誰よりも父を知っている。  父の墓には、私たち家族の全てが眠ってると母が教えてくれた。それは写真であったり、思い出の品であったりだ。  私の家に何も残っていなかったのは、つまりそういうことだ。  一歩ずつ、父との距離が離れていく。  歩き去ってゆく私を祝福するように、淡く温かな雪が柔らかく振り出した。  父が見えなくなる頃にはもう、雪は世界を白く染めるだろう。それは冷たく、静かな色だ。浸るには美しく、抱き留めるには儚い白はまさしく私の父だった。  降りしきる雪はやがて墓を覆い隠し、ついには地平を溶かす。    …私はただ一人きりで、白の世界へと身を隠した。
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