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 『彼』の生まれ故郷を訪れてから、私は様々な人と言葉を交わして『彼』の遺した足跡を追った。『彼』が歩んだとされる道は険しく、とても細かった。  『彼』は悲しみを見捨てはしなかった。輝かしい理想や、誰もが酔いしれるような綺麗な言葉ではなく、ただひたすらに泥臭く、汚れ切った感情を、それらが伸ばす手を取り続けた。今や百憶にも迫ろうという命。世界を照らす太陽の下で踊る者たちではなく、日の届かぬ大海に沈もうとする者を誰よりも愛した。いつだって少数の味方で、理不尽の敵だったのだ。そして弱者の味方で、現実の敵だった。  曖昧だった『彼』の輪郭に、確かな線が宿りつつあった。   「…最後に会ったのは、もう二十年は前のことです」 話を伺った人の数は、これで二十にはなるだろうか。しかし未だ『彼』を捉えるには至らず、私は『彼』の学生時代の友人だという男に会いに行くことにした。  男は私の突然の訪問にも嫌な顔一つ作らず、紅茶とクッキーを用意してもてなした。 「彼はなんというか、よく泣く人でした。それは勿論、誰かの為で。あとはそうですね、一人を好んでいたように思います。人と関わるのをどこか避けていたような。だから常に孤独だったんです」 なんとも可笑しな話だと思う。人の目の前に、先頭に立つ人物が一人を好むとは。 「あなたの目から見た彼は…人を?」 「嫌っていた、という人もいます。僕はむしろ逆だと思っていますけどね。多分あの人は、誰よりも自分の理解者で在りたかったのだと思います」 男の言葉の意味が分からず、難しい顔を作る私をよそに、男はおもむろに胸ポケットから煙草を取り出した。私が小さく頷くと、男は「ありがとう」と礼を述べ、煙草へと火を着ける。細長く、白い煙がゆらゆらと立ち上り、一定の高さを超えたところで室内に溶けていく。  男は黙って煙草を吸い、一拍置いてから「いや」と独りでに溢し、むしろ理解者だったからこそかもしれませんと、言葉を改めた。
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