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ある時、私は母にこう尋ねたことがある。「何故この家には父がいないのか」と、私は尋ねたのだ。
結論から言うと、母は問いに答えてはくれなかった。家を出て行ってしまったのか、もしくはもう会えないところへ行ってしまったのか、それすらも教えてはくれなかった。さらに家には、父の写真や筆跡といったものは何一つ残されていなかったから、当時の幼い私には父のことを知る術はなかった。
だから、私は心残りはあったが父について知ることは諦めた。
それから数年が経った頃、突然母から父について聞かされた。
今までずっと隠されてきた『彼』についての情報を開示された私は耳を疑ったものだ。当時まだ子供だった私ですら覚えのある名前と、母から手渡された父の顔写真、そして同時に、私は父にもう会うことが出来ないのだと。
衝撃も、動揺もあった。
ただ一つ、理解が追い付かない。私が聞かされてきた、そして母から伝えられた父と、私の中に残る父の残滓には相違があった。
だから私は、『彼』を知るために駆けだしたのだ。
◆◆◆◆
一週間に及ぶ取材の末に、私は『彼』を手にしていた。
始まりは母、そして最初に話を聞かせてくれた老人。次にかつての友人だと話した男、または花屋を営む夫婦や議員である大志ある青年、そして私の中に残る父の匂い。その一つ一つが父を形造り、やがて命を吹き込んではその存在を今に呼び起こす。
「…一度ここに来ているはずなのに、何だか初めてな気がするんだ」
この日、最後の滞在日に私は父が眠る墓場へと訪れた。
幼い頃、母に連れられてこの墓場へと訪れたことがあった。その時は父のことは知らなかったし、母も誰の墓であるのかは教えなかった。ただ白い薔薇を供える母を見て、不思議な気持ちを抱いたことは覚えている。
今にして思えば、あの薔薇は母からの誓いだったのだ。そして今もなお、破られることなく誓いは続いている。
引き換えに私は空しさを得たが、これは多分、私に新たな父親が出来ても変わらなかったのだと思う。私の中に流れる血も、残る匂いも、他の誰でもない父から譲り受けたものだから。
欠けたピースを埋めることは出来ない、だって誰も、誰かの代わりになどなれないのだから。
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