scene3*「花」

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scene3*「花」

要するに、オマエの笑った顔とか、むちゃくちゃ可愛いんだって思ってること。 絶対言えない。 【3:花 】 「サイジョウくんってさ、なんかいつもふざけてて、こんな仕事とかやんなさそーとか思ってたけど、案外良い人なんだね」 掲示委員になってしまった俺は、もう一人の掲示委員のモトミヤと一緒に教室で作業をしていた。 まるで鈴の音のように清く凛とした声でふいにそんなことを言われたものだから俺は何だか照れ臭くなり、しかしそれを悟られたくなくてちょっとそっけなく返す。 「んなことねーよ。つか委員会決めってさっさと立候補したほうが早くね?」 かっこいいことを言ってるけどそれは口実だ。内心、話しかけられてすごく焦っている。 だってほんとのところ、俺はモトミヤのことかなり好きだったりするから。 委員会の作業といっても、広報部から配られる校内用チラシとかをそれぞれの学年やクラス分に黙々と分けているだけの地味な仕事なもんだ。 けれど意外とそれは相当な量で、なのに教室には俺たち二人しか残っていない状況。 外を見たら雰囲気のいい夕暮れ時。 校庭には運動部のやつらの掛け声がよく響いている。 モトミヤはどちらかといえばクラスの勢いに埋もれがちな女子だ。 真面目なふつうの女の子。 授業とかちゃんと聞いてるし、大人しいからなんとなく男子は声をかけることができないだけで、男子からも女子からも悪い噂はきかないし評判はいいほうだと思う。 染めているわけでもないのに、夕陽に当たる彼女の髪はすこし茶色くて柔らかそうだなぁと思うし、結われた髪が風にふわり吹かれると触れてみたいと想像してどきどきしてしまう。 こんな気持ちになるのは初めてだし、もちろん仲の良い友達にも言ってない。 作業をすすめるうちに再び会話が無くなった。 無表情で作業するモトミヤに俺は何か面白いことを言った方がいいんじゃと不安になる。 仕分けするモトミヤはそんなのを気にするような女の子じゃないと思うけど、会話のチャンスがほしい俺は焦るように話しかけた。 「モトミヤってさ……」 「なに?」 顔を上げた彼女が、まっすぐに見つめ返してきた。その素直さに心がたじろぐ。 「……なんでもね」 「そう」 結局、ビビってしまった俺はそのままつぐんだ。 そもそもはじめから拭いきれない不安があるのは確か。 ……ていうか、俺嫌われてるかもな…… どっちかってーと俺はクラスでバカやってる感じだし、派手組の女としか話さねーし。 気になるなら普段からこまめに声かけてればいいのに、キャラが違いすぎるからいじりと思われたらどうしようってことばっかりでそれも気が引けた。 ああ、それでも普段からコミュニケーションとっていればと後悔せずにはいられない。 そもそもモトミヤは覚えていないかもしれないけれど、過去に一度モトミヤと会った事がある。 まだ小学生のチビの時に、おばの営んでいる花屋にモトミヤがやってきたのだ。 モトミヤは友達にあげる花束を買いに来たのだが、おばの手伝いをするのが好きだった当時の俺は頼まれてもいないのにはりきってモトミヤの花束の花を選んであげたことがあった。 モトミヤと会ったのはそれきりで本当に他愛のない記憶だったのだけれど、高校に入学し初めてクラスで見かけた時に俺はそれを思い出したのだ。 すぐに話しかけてみたかったけれど、モトミヤは俺と正反対のタイプの生徒すぎて話しかけられなかった。 だからクラスの委員会決めでモトミヤが掲示委員に真っ先に手を挙げたとき、俺はチャンスだと思った。 そうして周りに驚かれながらもモトミヤと接点を持つ事ができた。 しかし、まさかあまりにもクラスの立ち位置が違いすぎるせいで、自分がこんなにもコミュニケーションを取るのが下手だとは思いもしなかった。 「サイジョウくんってさ」 「お、おう!」 今度はモトミヤから急に話かけられた。 顔をちらと見たけれど、彼女の視線は机の上のものに伏せられたまんま。 「お花とかすきなの?」 「あ?!花!?」 うっわ!今の返答すっげ態度悪かったよな~……っつーか、なんでいきなり花!? しかしそんなことも気にせずにモトミヤは続けた。 「だって昨日お花屋さんの前で少しだけ立ち止まってなかった?」 あぁ、と俺は昨日の行動を思い返したので答えた。 「あれな、うちのおばさんの店なんだよ。ちょっとおかんに用頼まれてて寄ってたんだわ」 「そうなんだ。……てっきりお花がすきなのかと思った」 「まさか」 「じゃあ嫌いなの?」 嫌い……っつーか……男がそこで「すき!」って答えるのおかしくねぇ? 「ま、いいけど。……私はすきだよ。お花」 モトミヤは一人ごとのように呟いた。 モトミヤの言った、すきだよ、の一言にドキッとしたのは言うまでもない。 「えー……じゃあ、モトミヤは何の花が好きなん?」 「えー?サイジョウくんにわかるの?お花の種類なんて」 ちょっと小ばかにしたようだったけど、少し困ったように笑った笑顔がかわいいなぁなんて思ったりした。 「バラくらい?」 「範囲狭いってそれ」 「色は赤白黄色だっけ?」 「なにそれ。バラもたしかにそうだけど」 ちょっとふざけたトークなんかしてみて、もっと笑顔を見てみたくて。 すきって思うなら自然だよな?こういうのって。 花の種類なんて俺全然しらねーよ。 でも、花を目の前にするモトミヤをちょっと想像してみたら 自然に笑う彼女が浮かんできて、それもいいなと思った。 やばい。存在自体がむちゃくちゃ可愛い。 他愛ない会話に笑った後で、モトミヤは一息ついてから思い出したように言った。 「ねぇ、バラの花の色。まだあるよ」 「マジでー?あれで充分じゃん」 「ピンクがあるよ。優しい色の」 そう言ったモトミヤの顔は少し赤くなっていて俺も雰囲気にのまれたというか、モトミヤの視線と合って つまるところ、見つめ合ってしまった。 でもすぐにモトミヤはハッとして、顔をそらしてしまい 「じゃ、あとちょっとで終わるね。がんばろっか」 誤魔化すように机の上のプリントやら掲示物に再び取りかかった。 あれ?なんだか、これって。 そう思ったとき、俺はあることに気づいた。 でも思い上がりかもしんねーけど、外してたらすげーバカだし恥ずかしいけど 「モトミヤ、オマエなんで昨日俺が花屋で立ち止まっていたの見てたんだ?」 さっきのモトミヤに負けないくらいに思いっきり彼女の顔を見つめて聞いたら パッ、と 花が開いたように顔を赤らめた。 「ねぇ、なんで?」 思わずいじわるしたくなる衝動。 俺達全然正反対のタイプだけど。 もしかしたら周りになんか言われるかもしんないけど。 でも、それでも結構お似合いなんじゃないか?ってモトミヤも思ってくれてたらサイコーなんだけど。 それでも思いっきり顔を真っ赤にしながら、知らん振りして作業を続けるモトミヤが何かの花の蕾みたいな可愛さだなと思って、この作業が終わったら好きだと言ってしまおうと決心した。 ( お花をもらって嫌がる女の子はいないと思う。)
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