6人が本棚に入れています
本棚に追加
ぼんやりとしてわたしは首を傾げる。なにか頭に靄がかかったような。それにしても、わたしは老人になにを「貸し」たのだろうか。
どれほどの時間がたったろう。
わたしは慌てて席を立つ。空にはもう一番星が輝き始めており、駅前はネオンがともりはじめ、夜の繁華街の賑わいがここまで届くようだった。
(早く帰って支度しよう)
そういえば、わたしは何をしていたのだろう。
重大な忘れ物をしたような気がして、たった今まで座っていたベンチを振り向く。
ざわざわと賑やかに、マフラーをした高校生の一団が駅から溢れてくる。塾帰りの子供たちを迎える母親たちの車が駅に詰めかけている。遅かったじゃないの。ごめんごめん、ちょっと友達と話していたから。もう、待ってたんだよ。イライラする母親と、舌を出していそうな子供の会話が聞こえる。
わたしはそれをぼうっと聞き流しながら、なにか奥歯にものが引っかかったような気持ちで歩き始めた。
かちゃっと音がしたので見上げると、今まさに時計塔の扉が開き、あのミニチュアの楽団が飛び出そうとするところだった。
らったった、らったった。
ろんろんらったった。
十五分おきに鳴るこの時計塔、できた当初はうるさいとか、しつこいとか、不評だったのだけど、いつの間にか駅前のシンボルになった。
最初のコメントを投稿しよう!