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僕を故郷へ連れていく列車は、気づけば雪で白化粧していたようだ。
窓の外に移る集落は、いずれも雪で覆われている。雪が降ってきた、ということは、僕の故郷に近づいてきた、ということだ。
コートに入れた切符が音を鳴らす。ついでに懐に入れた紙も、音を立てる。
これを持ってきたことも、未だに、どうだったのかと疑問を抱いている。
列車はトンネルの中に入った。車窓はいつしか、明るい車内を映し出す鏡となった。鏡越しには、吹き飛ばされた雪のかけら。鏡には、僕の顔が映っている。ひどく疲れて、あまりにも冴えない顔をしているので、思わず吹き出してしまった。
年の瀬ということで、久々に帰省をする。あまり乗り気ではないが、両親を心配させたくはない、という気持ちもあった。そんな反面、こんなものを用意するなんてな、と自嘲する。
懐から紙を取り出す。
三つ折りにされた紙の表には『遺書』と書かれている、紛うことなき僕自身の筆跡で。それを開けば、僕自身の字で、もう生きたくない旨を綴っている。
ああ、誤字を見つけた。なかなかどうして僕は、冴えないものだな。
落第点の文章の遺書を、折り目通りにたたみ直し、もう一度懐に仕舞う。
暖房が効いているはずの普通列車は、それにしても寒い。窓の外にかぶる雪の白さを見ると、ふと昔のことを思い出した。
幼い頃、たまに、祖母が家にくることがあった。しかし祖母は、僕に話しかけたり、一緒に遊んだりすることがなかった。僕に興味を示さないような祖母を、僕は心のどこかで嫌がっていた。
そんな祖母が一度だけ、僕の目をしっかりと見て、突然、
「あんたは、丘の上の神様に見てもらわんとな」
祖母はそう言うと、当時小学校に入って間もない僕を、丘の上に連れて行った、母が花屋で買ってきた白百合を一輪持って。
もう腰が曲がっていたとは思えないくらい、軽快に丘を登り、古びた小さな神社の前に僕を連れて来た。
社には供え物を置く石があり、そこに先ほどの百合を供え祖母は手を合わせた。そして僕にも手を合わせるように言ってきた。
「ここは、白いものが好きな神様だ。あんたもよく通っておくんだよ、白いものを供えにね」
この日のことをよく覚えている。
祖母の命日よりも、よく覚えている。
祖母はその三日後に突然倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
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