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 冷たい銀色の手すりを持って、足を踏み外さないよう、一段一段丁寧に階段を上がった。真っ直ぐ伸びる細いトンネルの中を、そうして10メートルぐらい、進む。  見上げると、淡く光る、丸い出口が見えた。  音を立てないように、そっと頭を出す。  無意識に息を止めている。    そのことに気付くのは、いつもずっと後だ。この展望室へ来るのは、少し勇気がいる。  闇が、頭上を覆っていた。つるりとした白い床だけが、隅に埋め込まれている電灯によって、微かに仄白く浮かんで見える。  小さなこの展望室は、宇宙線をほとんど遮断してくれるアクラス板が、ドーム状に嵌めこまれている。壁があるかどうかわからないぐらい透明で、ここへ来ると、暗闇に一人、投げ出された気持ちになる。持っていた手すりを、私はぎゅっと握りしめた。  展望室の真ん中で、その闇を一心に見つめている男の人がいた。  私とそう変わらない年に見えるその人は、はるか彼方、暗闇に浮かぶ白と黒の丸い地球を、ずっと、見つめていた。  私は思い切って反動をつけ、漆黒に浮かぶ島へ降り立った。 「グランパ」  その人、私のおじいちゃんが、目線だけ私へ投げた。それもすぐ、地球へ返った。隣に並ぶ。腕と腕が、触れた。かさっとした音が鳴る。有害な宇宙線を遮断する、白くごわごわした素材の服を身につけているからだ。目の前に広がる果てしない闇の中で、私たちの存在は、限りなく無力に近い。  おじいちゃんはいつもここから、白と黒の地球を眺めている。白い砂漠と、白い大気、そして黒く澱む海だけになった、故郷を。 「グランパはやめろって言ってるだろ、マキ。おじいちゃんと呼べ」 「おじいちゃ」  私は日本語の「ん」の発音がうまくできない。だからグランパと呼ぶ方が楽だけど、二人でいる時、おじいちゃんはその呼び方を嫌う。私には必ず日本語で話しかけてくる。誰かといる時は仕方なく共用語を使っているけれど、できる限り慣れ親しんだ日本語を使いたいらしかった。  でもその日本語が通じるのは、私とおじいちゃんをいれても、もう数人しかいない。
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