1. 記憶の爪痕

3/6
前へ
/58ページ
次へ
 男はタオルを頭に被せたまま、レイを凝視した。ふいに、堪えきれないといったように噴き出す。一体何がそんなにおかしいというのか、身体を丸めてくつくつと笑い続けている。 「ああ、そうだよレイ。昨夜あんたは俺とセックスをした。その前にそこで一緒に食事をした。あんたが作ったシチューを食べたんだ。旨かったぜ?」  ひとしきり笑い終えた男が、ぽつんとたたずむ丸テーブルを顎で示した。一脚の椅子の反対側には、大きく数字が書かれた白い箱が二つ重ねて置かれている。椅子代わりにされたのだろうが、箱は歪んだ様子もない。  レイはあの箱の上に腰掛ける男と、その向かい側に座る自分の姿を想像しようとした。テーブルの上には白く湯気を立てるシチューがあり、スプーンですくった具材は歯を立てる前にほろりと崩れる。熱さを逃がそうと口を開き、向かい側へと顔を上げて――  この男はどんな顔をしながら、レイの作ったものを食べていたのだろう。旨い、と言った。それなら昨夜もレイに笑顔を向けながら、熱いシチューを頬張っていたのだろうか。     
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加