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「大島さん?大丈夫?」
気がつくと、向かいの席に同僚の水野さんが座っていた。
慌てて涙を拭うと、水野さんは優しくその手を止めた。
「たまたま近くの席に座ってたから、話はだいたい聞こえちゃったんだけど」
恥ずかしい。
泣き顔を見られたことだけでも恥ずかしいのに、その理由まで知られてるなんて。
私と蓮は勤務先が違う。
だから、婚約破棄になってもそこまで噂にはならないだろう。
でも、明日にでも会社の上長に報告はしなければいけない。
寿退社の予定はなかったけど、私が長年付き合ってた彼と結婚することは、うちの部署の人間ならみんな知っていることだ。
彼らに、なんて言えばいいんだろう。
急に婚約破棄されました?
理由が全くわからないけど、それしか言いようがない。
「化粧落ちちゃうかもしれないけど」
水野さんが店員さんから温かいおしぼりをもらってくれて、それを目に当てる。
「私、何がいけなかったんでしょうか」
明確な答えを求めてたわけじゃない。
ただ、男性目線からの意見が欲しかっただけだ。
「大島さんは何も悪くないと思うよ。
こんなこと言うのもどうかと思って黙ってたけど、俺、大島さんの彼が他の女の子と仲良さそうに歩いてるとこ、見ちゃったんだよね」
返ってきた答えは、ショッキング過ぎる内容で。
蓮が、浮気していた?
「そんなはず、ない。蓮は……」
「でも、普通の関係には見えなかったよ」
水野さんが追い打ちをかけるように言う。
蓮には姉妹はいないし、きっと、本当に女の子と仲良く歩いてたんだろう。
私の知らない間に、私の知らない人と。
また溢れだす涙を、お絞りを押し当ててこぼれないようにする。
「大島さん。俺は、大島さんのこと、好きだよ。彼みたいに浮気もしない。
だから、このまま俺と結婚しようよ。
ドレス、もう選んでるんでしょ?俺、大島さんのドレス姿見たい」
驚きのあまり、涙が引っ込んだ。
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