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武士さんからすべてを聞いて、私は心のどこかで納得していた。
あんなに優しかった蓮の突然の婚約破棄も、いつもどこか不安そうだった武士さんの態度も。
蓮ののこされた時間がわずかなら、毎日武士さんがお見舞いに行っていても不思議じゃない。
1つ、驚いたことがあるとすれば、蓮が武士さんの後輩だったことくらいだ。
「黙って結婚して、本当に申し訳なかったと思ってる。嫌われても仕方ないことをしたって、自覚してる」
苦しそうな顔で、武士さんが言う。
でも、私は武士さんと結婚したことを後悔していないし、すべての話を聞いた今でも、愛している。
「武士さん、顔を上げて」
そっと肩に手をおいて言うと、武士さんは泣きそうな顔で私を見た。
「私は、武士さんが思ってるみたいに恨んだり嫌ったりしてないよ。
むしろ、いくら蓮から言われたからって、あの時あのタイミングでプロポーズしてくれてよかったって今でも思ってる」
「綾……」
「私は武士さんのこと愛してるし、別れるつもりもないけど、1つだけお願い聞いてくれる?」
「うん、なに?」
「蓮のお見舞いに行きたい。
蓮が旅立つその日まで、そばについていたい」
「そんなの、ダメだなんて言うわけ無いだろ?最期の最期まで、そばについててやってほしい。
家のことは心配しなくていいから」
「ありがとう」
私は武士さんをギュッと抱きしめた。
私は、本当に男運に恵まれてると思う。
私のことを考えて身を引いてくれた蓮も、他の男に付いていてあげたいというワガママを聞いてくれる武士さんも。
こんな優しい人たち、他にいない。
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