お嬢様の片想い

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  「馬鹿者!!」  厳しい叱責と共に乾いた音が響き、頬に鋭い痛みが奔った。 「一体どこを見ていた!一歩間違えば死んでいたのだぞ!」  返す言葉もございません、お父様。  そう思ってずっと押し黙っていると、逆効果だったのかお父様は更に白熱した。  そんな様子を見かねたように、綾お姉さまが間に割って入ってきた。 「まあまあ、お父様。香も故意に落馬したのではありませんし…それに、相手は馬です。たとえ万全を期していたとして、事故は起こるものですわ。それよりも、今は香に怪我一つ無かったことを喜びましょう」  綾お姉さまの微笑みには、誰も逆らえない力がある。  お姉さまや近くに居た家従たちの助け船もあり、そのあと小一時間ほどお言葉を述べられた後、私は割合すんなりと解放してもらえた。  お父様の書斎を後にした後、落ち込んでとぼとぼと歩く私を眺めて、お姉さまは困ったように呟いた。 「有沢(ありさわ)彰人(あきと)様」 「…え?」 「貴女を助けてくれた方。帝国宰相有沢卿のご子息だそうよ。今度、お礼に伺わなくてはいけないわね」  言われて、漸く思い出した。  あの美しく澄んだ不思議な色の瞳。その、まるで宝石の如き輝きを。 「宰相閣下のご令息が、どうしてまた一介の中流華族たちの馬術場などに…」 「さあ…けれど、さすが噂に違わぬ貴公子でいらしたわね」  全てを見透かされそうな彼の双眸を思い出し、私は「そうね」と自嘲気味に答えた。  ――助けてくれたのが白夜だったらよかったのに。  心のどこかで、そんな恩知らずなことを思った自分がいたから。  綾お姉さまと別れ、自室に戻るために階段を上ったとき、私は足を止めた。  その先には、今一番会いたくなかった人がいた。  
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