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――彼は、綾お姉さまと居るときはいつもとは打って変わって饒舌になる。
華族の娘として生まれながらお姉さまは博識で、白夜もまた頭がいいから自然と話が合うのだろう。
そして、彼はお姉さまと居る時だけ、滅多に人に見せない笑顔を見せるのだ。
ほら、今だってそう。
ばったり出くわしたのかそれとも示し合わせたのか、書庫へと通じる廊下の隅で難しいことを論じている。
その間、口元はずっと緩んでいる。眼差しはお姉さまを捉え、愛しいものでも見守るように優しい。
私の時とは、面白いまでに、何もかもが違う。間抜けでみっともないまでに「愉しげな」彼がそこに居る。
今更比べちゃいけないのは解っていた。
でも、私は後悔していた。
昨日の内に本を書庫に戻しておかなかったことを。今この時間にこの場所に来たことを。そして、さりとてここから立ち去れもしない自分に、つくづく嫌気がさした。
「今日の夜、暇だったら―――」
危うく、手にしていた本を取り落としそうになった。
白夜とお姉さまが夜に出かけていったことは今迄幾度となくあった。けれども、彼がお姉さまを誘う現場を直接目撃したのは初めてだった。
「ごめんなさい。今日中にお返ししなきゃいけないお手紙があるの」
「終わるまで待つよ」
「そう…?だったら、頑張ってみるわ」
生々しい声が鼓膜を通り抜ける。私は思わず両手で耳を塞ぎそうになったが、抱えている本の手前出来なかった。
ぽつり、と一滴の滴が本の表紙を濡らす。気付けば頬を涙が伝っていた。
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