お嬢様の片想い

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  「雨にならないかな…」  昨今の天気予報というものは、八割がた外れない。ああ、雲ひとつない青空。今日もいい天気だな。  燦々と照り輝くお天道様を恨めしく眺めつつ、私はほうと深いため息を吐いた。 「それ、今日何度目の台詞?」  そう苦笑しながら答えた(あや)お姉さまは、困ったように私のことを見ている。  相変わらず、緩く波打った長い黒髪が艶々と美しい。  ついでに、そのおかんばせも、お声も、何もかもが可憐だ。  どこを取っても「非の打ちどころのない」女性である彼女は、何を隠そうこの斑鳩(いかるが)伯爵家の二の姫であり、この私、斑鳩(いかるが)(こう)の四つ上の姉上様である。  黒目がちな瞳、ふくよかな唇、きめの細やかな白い肌。  そんな息を呑むほどの美女の微笑は、さながら芸術品だ。 「香は本当に乗馬のお稽古が嫌なのね」  お姉さまに半分咎めるように、もう半分は面白がるように投げかけられた台詞に、私は軽く眉尻を下げた。 「別にお馬に乗るのが嫌なんじゃないわ。ただ…」 「ただ?」 「…お稽古があったら、馬術場に行くまでの道のりを、あの人と一緒の車に乗らなきゃいけないじゃない」  あの人、という三人称にお姉さまは一呼吸分考え込んだが、すぐその人物に思い至ったのか「まあ」と口元に手をやった。 「それは、どうして?」 「だって、気まずいんだもの」 「あらあら。昔はあんなに白夜(びゃくや)、白夜ってくっついていたのに」 「……」  白夜。  その名前をお姉さまの口から聞き、私は少しの間黙り込んだ。 「…私が何を話しても無視するか『そうか』としか言わないから、つまらないのよ」  つまらない。そう、つまらないのだ。  否。  本当は、そんなことが理由じゃないのだけれども―――  
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