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不登校だったさつきの救いの一つになったのは、幼馴染みの中之島諭吉(なかのしまゆきち)の存在だった。
中之島は二つ年上で、いつでもさつきを好意的に捉えるおおらかさを持っていた。
さつきが人と揉め事を起こすと、度々「不器用で誤解されやすいんだから」と言って庇ってくれた。
さつきはその言葉に、何度も救われていた。
わざと人に不快な思いをさせているのではなく、周りの人に誤解されているだけなのだと受け止めてくれる中之島のおかげで、希望を持つことが出来た。
いつか中之島のように、さつきが故意で人を傷つけてしまうのではないことを信じてくれる友達が出来るかもしれない、と。
*
「コーウ。コーちゃん!」
肩を軽く叩かれて、さつきは装着していたイヤーマフをはずした。
「ユキちゃん」
さつきの視線を浴びると、中之島は人好きのする笑顔を見せる。細い目はいつも笑った形をしていて、さつきはこの目が怒った形に歪んだ所を一度も見たことがない。ついこの間まで長めだった黒い後ろ髪は、就活のためにきっちりと切られて、もうすぐ社会人という風体をしていた。
負の感情が込められていない中之島の表情を見て、さつきは安堵の笑みを浮かべた。
さつきは昨年、中之島を追うように同じ大学に入学した。建築学科のさつきは、教育学部の中之島とは授業で会うことはなかったが、中之島が作ったサークルに入れてもらい、週一回の集まりには必ず参加した。全員で六名という少人数だが、他大学の学生も交えたインカレサークルのため、参加している学生は学年も学部も多様だった。集まった人間が皆個性的なのは、中之島の人柄もあると思われた。高校で友達を作れなかったさつきは、中之島の力を借りてサークルメンバーとの付き合いかたを学びつつあった。
いつもサークルメンバーが集まる空き教室は工学部の校舎のため、大抵さつきが一番最初に到着する。次にリーダーの中之島が来て、他大のメンバーが順次集まる。
いつもの通り、さつきが一人で待機しているところに来たのが、中之島だった。しかし、いつもとは違い、中之島の後ろには見知らぬ顔の学生がいた。
「新一年生が入ってくれることになったんだ。うちの、ゆるい散歩サークルに。さっきたまたま勧誘したら、OKしてくれてさ」
中之島は、後ろにいた背の高い男をさつきに見せた。
「こちら、一年の成井田(なるいだ)くん。そんでこっちが二年のコウちゃんね」
さつきは緊張しながら、成井田と紹介された男を見上げた。
両サイドを短く刈った黒髪。白いTシャツの上に濃いブルーの薄手のニット。姿勢が良く、服の上からでも引き締まったスタイルなのがわかる成井田は、スポーツマン然としていた。
さつきは上手く接することが出来るのかが不安で、成井田の顔をよく見ることができなかったが、雰囲気からとても格好の良い男だと思った。そして、なんとか成井田の口元を見て、薄く微笑む形をしているのを確認した。このことから、怒っていないことがわかった。
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