きみを見つけた

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「よろしくお願いします」  そう言って差し出された手を、さつきはゆっくりと握り返す。 「よろしくお願いします。俺は幸崎(こうさき)です」 「成井田幸一郎(なるいだこういちろう)です。幸崎先輩って、もしかして下の名前さつきさん、ですか?」  成井田から思いもしない問いが返ってきて、さつきは目を見開いた。どうして自分の名前を、初対面の成井田が知っているのか。何か悪い噂でも流れているのか。さつきは不安げな顔で成井田を見た。 「う、うん……どこかで会ってたかな?」 「あ、いえ、今俺、設計Ⅰと造形を履修してるんですけど、毎回参考作品に幸崎先輩の作品が提示されてるから、どんな人なのかなって思ってて。同じ建築学科ですね。会えて嬉しいです」  しかし、さつきの心配をよそに、成井田は声を弾ませて笑った。  二人の様子を見た中之島は、さつきと成井田の背中をポンポンと叩く。 「なんだ、同じ学科なんだ? コウちゃんはめちゃくちゃ真面目だから、レポートとか解らないことあったら聞くといいよ」 「えっ、そんなことないよ……!」  中之島の口から気軽に出た言葉を、さつきは驚いて否定した。自分は特別優秀なわけではなく、単に授業の出席率が良いだけだ。人に教えるなど、大それたことはとてもできない。  しかし、中之島と成井田は話をどんどん進めていく。 「マジですか。俺語学が苦手で」 「って、語学は必修だから専攻関係ないじゃんか。ま、でもコウちゃんは建築学科で学年ヒトケタだから何でも教えてもらうといいよ」 「ちょ、ちょっと、ユキちゃん、俺人に教えるのなんか上手くできないよ」  慌てて抗議するさつきに、中之島は耳打ちする。 「いいんだって、友達作りだと思って頼られたら教えてあげなよ」  そう言うと、中之島は片目を瞑って見せた。中之島の意図は、さつきに友達を作らせることだ。  さつきはハッとして溜飲を下げる。中之島はさつきのためにお膳立てしてくれたのだった。同じ学科で、初めからさつきに嫌な印象を持っていない成井田とは、きっと良い友達になれる。そう、中之島の目が言っているように思えた。  さつきは不安と期待で複雑な表情のまま、中之島に頷いた。 *  四月、五月と中之島の散歩サークルには数人の新入生が見学に訪れたが、結局新しく入ったのは成井田を含め二人だけだった。 「やっぱ、女っ気皆無なのがダメなんじゃないかねー。ユキちゃんよぉ」  講義机にだらりと上体を寝かせて椅子に座る片平(かたひら)が、中之島に不満顔で言った。副部長であり、中之島の親友でもある片平は、中之島と同じ四年生であるにもかかわらず金髪だった。全体は短く刈ってあるが、前髪は片側だけ目にかかるほど長くしていて、両耳にピアスを五、六個ずつ着けている。見た目は不良で、就活生の手本のような中之島と並ぶとひどくアンバランスだ。しかし、片平は見た目とは裏腹に、真面目でお調子者な性格だった。 「ここはガチなお散歩サークルだから、出会いを求める人はお断りでいいんだよ」  成井田と、生駒(いこま)と名乗った新入生の入部届を確認しながら、中之島はのんびりと言った。新入生を含め八人になったサークルメンバーは、全員が男だった。 「でもさぁ。俺とユキと、川瀬と伊波が来年卒業したら、四人サークルになっちゃうじゃん。……てか、お前ら全員内定持ってんの? こんなとこで遊んでて大丈夫かよ?」  片平に指をさされて、中之島を含めた四年生三人は、お前が言うか、と苦笑した。 「俺は院に進学予定」  細身で、長い棒のように背の高い伊波がぼそりと答える。また、大柄な川瀬も手帳を開いて内定状況を披露した。 「俺は今のところ二つ内定。でも本命の面接はこれからだな」 「はーん。で、ユキは先生になるため勉強中ね。皆真面目にやってるのな」 「お前はどうなんだよ」  川瀬がパタンと手帳を閉じて、机に右頬を付けている片平を覗き込む。 「わかんねー。院でも受けようかなあ」 「お前らしいな」  片平の暢気な呟きを聞いて、川瀬は、ふ、と笑みを浮かべる。 「四年は皆、就活でピリピリしてるのに片平は相変わらずだな」 「羨ましいっしょ」 「……だな」  川瀬は片平の金色の前髪を摘まんで揶揄したが、片平はにやりと笑って答えた。社会のレールに乗る生き方しか出来ない川瀬は、破天荒な片平の自由さに少しばかり憧れていたので、片平にそう指摘されて息を詰めた。片平と川瀬、そして中之島は同じ高校出身で付き合いが長く、ツーカーの仲だ。 「まあ、院生になっても社会人になっても、時々は俺たちが来てあげようよ」  中之島は、川瀬と片平の会話を打ち切ると、サークルメンバー全員の注目を集めた。
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