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午後の講義が終わった後、サークルが集まる教室の席に座っていたさつきは、とん、と肩を叩かれ、耳につけていたマフを外して振り向いた。
「なに聴いてるんですか?」
「ナル。何も聴いてないんだ。これは、防音イヤーマフだから……」
今までこの教室に集まる順番は、さつきの次は中之島が多かった。しかし、工学部の授業がメインで行われる教室のため、近くで授業を受けている成井田も早く到着出来るようになり、自然とさつきと成井田は二人で話す時間が増えていった。
成井田はさつきの隣の席に座り、ヘッドホンの様な形のイヤーマフを不思議そうな顔で見ていた。
「防音……? 無音なんですか?」
「うん。えっと……」
成井田にどう説明すれば良いか、さつきは迷って視線をさ迷わせた。人の話し声や雑踏の音を不快に感じてしまい、それらを遮断するために装着しているのだが、それをそのまま成井田に説明して、受け入れて貰えるのだろうか。
さつきはクラスメイトとトラブルになり、高校に行けなくなった時期のことを思い出した。
『あなたは頭がおかしいわ』
決まった道を外れることを嫌う母親に、そう言われて連れていかれた病院で、さつきは聴覚過敏症と診断されて防音イヤーマフを着けるようになった。それを着けて学校に行った時、クラスメイトに指摘されて、さつきは正直に自分の状況を話した。
『ざわざわしてる音が、ちょっと……苦手だから』
そう理由を告げると、クラスメイトは目の色を変えた。
『は? だっさ! 幸崎これヘッドホンじゃねーんだって』
『マジで? 耳栓からグレードアップしてんじゃん』
『こんなん学校持ってくんなよ』
『あ、これしてるから周りの声、気づかなかったって、言い訳する気なんでしょ』
『ホントさいてーだな』
クラスメイトからは、まるで、汚いものを見るような目で、責め立てられたのだった。
その時のことを思い出して、さつきの指先が勝手に震えだす。それを隠そうと両手を講義机の下にしまうと、成井田のなるほど、という声が聞こえた。
「先輩って、無音のほうが捗るタイプなんですね」
はっとして顔を上げると、成井田の明るい笑顔があった。
「無音で捗るって、すごいですね。幸崎先輩の設計は、無音の中で生まれてたのか~」
俺も音楽無しでやってみようかな、と唸っている成井田に、さつきは柔らかく笑った。
「……うん」
成井田は優しい男だ。
さつきの悪いと思っていた部分を、ことごとく否定しないでくれる。指先の震えは、いつの間にか消えていた。
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