きみを見つけた

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 自分以外の人は、学校や塾で教わっていたのだろうか。  こういうときには、こう言う、という会話の決まりや、人との接し方の詳細なルールを。  周りの人の空気を“よむ”ことが出来ない自分は、人間としての機能が欠落しているんじゃないかと思う。  人の気持ちを無視して、傷つけるようなことばかり言ってしまう、冷酷で愛情の薄い人間。幸崎さつきは繰り返し、母親にそう言われてきた。けれど、そんな自分が大嫌いなのに、いつまでも変わることができなかった。  小中学生の頃は、変な子、と呼ばれていた。  皆が一斉に空を見上げた時に、一人だけ蟻の巣の観察をしている。音楽の時間、一人だけワンテンポ遅れて楽器を鳴らす。有名なスポーツ選手や芸能人の名前を知らない。  それらは些細だけれど、孤立するには充分な理由で、さつきは長い間、必要最低限でしか人と接して来れなかった。  高校に入っても変わらず過ごしていたが、二年生の時、学校に行けなくなるほどのトラブルが起こった。  この頃、会話の声やざわめきが苦手になり、耳から入った音が頭に響いて、何かを考えることが困難な状態になっていた。そのため、休み時間には耳栓をしていて、クラスメイトに話しかけられても気がつけなかった。  ある時、周りのジェスチャーに気づいて耳栓を外すと、男子生徒にそれを奪われて窓の外に投げ捨てられてしまった。驚いて呆然としていると、別の男子生徒が吐き捨てるように言った。 「こいつ、サイテー」  目の前に歩み来た女子生徒が、険悪な顔でさつきを睨んだ。 「何で無視するの? 掃除くらい替わってあげなよ。どうせ予定ないでしょ」  その女子の後ろで、また別の女子が巻いた髪を弄りながら聞いた。 「幸崎くんなら、替わってもらえるかと思って声かけたんだけど。何回聞いても返事してくれなくて。嫌だった?」 「ち、ちがう……ごめん。気づかなくて……本当に、ごめん」  あたふたと言い訳をすると、それを聞いたさつき以外の全員が呆れたようにため息を吐いた。 「もういいよ。どうでもいいから気づかないんだろ」 「幸崎くんて、クラスメイトに興味なさそうだもんね」 「耳栓してる時点でさあ」  そこでドッと笑いが起こった。 「完全に拒否られてるよね、ウチら」「折角仲良くしてやろうとしてんのにさあ」「そっちがその気なら、別にいーけど」「でも耳栓はねーよ」  クラスメイトたちの言葉は大きなざわめきの渦になって、頭の中に響く。  ーーーー皆を傷つけた……!  ドク、と心臓が早鐘を打ち、汗が吹き出す。  ちがう、嫌な思いをさせたいなんて、思ってなかった。ざわめきが苦手なだけで、興味がないとかではなくて。  さつきは口を開きかけて、つぐんだ。  でも、ちがくない。クラスメイトと会話することよりも、頭の中に響く人の会話が聞こえないように、遮断するほうを選んだ。もっと、人の声を聞き入れる努力をすれば。努力が足りないから。  侮蔑、嘲笑、軽蔑、忌避。  自分への視線に耐えきれず、次の日以降、ベッドから起き上がれなくなった。  母親に引きずられるように通院しながら、それでもなんとか必要出席日数を登校したが、卒業前にはクラスメイト全員に居ないものとして扱われていた。
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