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オキシトシンN
寒い冬の夜、少女は夜空を見上げて好きな人のことを想う。
会いたいのに会えない人…触れたいのに触れられない人。
少女は鞄から栄養ドリンク大のボトルを取り出し、そっとそれを飲んだ。
少女には想い人である彼の姿が見えてくる。彼が少女をそっと抱きしめた。そのぬくもりを、少女は目を瞑って噛み締めた。
少女の手にあるボトルにカメラがアップする。
「飲むぬくもり、オキシトシンN」
「え?飲むぬくもり!?意味わかんない」
母さんがテレビのCMに文句を付けるのは珍しいことではないのだけど、この「飲むぬくもり」というキャッチーなフレーズは俺の通う大学でも話題になっていた。
「なんか別のテレビ番組で見たんだけど、愛情ホルモンって呼ばれているオキシトシンっていう脳内物質を、栄養ドリンクみたいに飲んで摂取することが出来るようになったんだって。オキシトシンは人の体温のぬくもりを感じると出て来る脳内物質で、ストレス緩和とか安心感とか、凄い良い効果があるらしいよ」
俺はテレビとネットでかじった知識を得意げに話した。
「なにそれ。大丈夫なの?麻薬みたいじゃない」
母さんの言うことももっともだ。
「オキシトシンの中毒性についてはテレビでも取り上げられてたけど、過剰摂取しても深刻な健康被害に繋がることはないって専門家は言ってたよ」
「なんか怪しいわねぇ」
母さんのように最初は半信半疑の人がほとんどだったが、オキシトシンNは販売開始直後から爆発的にヒットした。
200円というリーズナブルな価格設定、科学的検証の裏付け、そして厚生労働省にも認められた効能。オキシトシンNには老若男女問わず熱烈リピーターが続出して社会現象となった。
「本当にそんなに効果あるのかよ?」
「本当に凄いのよ!飲むと胸がふぁーって温かくなって、スーッとストレスやイライラがひいていって、なんだか優しい気持ちになれるのよ。オキシトシンが身体に染み込んでくる感じがするわ」
俺は流行に乗った感じになるのが嫌でまだオキシトシンNを飲んだことはなかったのだが、母さんは既に熱烈リピーターとなっていた。1日1本どころか、多い日には3本飲んでいる。
「あなたも試しに飲んでみなさいよ」
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