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「今の日本は極端に少子高齢化が進み、ただでさえ少ない若者は子供を産まず、むしろ結婚もしない。一方で学生や働き盛りの若者達の自殺者数は増えるばかりだ。外国から移民を受け入れることも許容できないこの国は、子供の減少、労働者人口の減少をなんとしてでも食い止めなければ、近い将来間違いなく破綻してしまうだろう。我々が製薬会社としと出来る事はなんだ?薬により高齢者の寿命を延ばすことか?働ける期間を延ばすという意味においてはそれも価値はあるだろう。しかしそんなものは付け焼き刃だ。若者に早く結婚を促し、子供をたくさん作らせ、そしてそんな生活に対して幸せを感じるようにしてあげること、それこそがこの国のためではないのか?」
主任は一呼吸おき、そして続けた。
「今回のオキシトシンNの販売は、国にとっても、我々にとっても大きな賭けだった。国民全てにプラシーボ効果をかけるなんて無謀ともいえた。しかしどうだ?いざやってみれば、こんなにも日本国民を変えることが出来た。人々は潜在的に愛情に飢えていて、誰かを愛す喜び、愛される喜びを感じる心に蓋をしていただけなのだ。オキシトシンNはその蓋を外すきっかけでしかない。経済的な不安や人間関係に傷付くことを恐れ、誰しもが自らの真の気持ちを偽っていただけなのだ」
「し、しかし、これは詐欺です…。国家ぐるみの…」
「そうとも言えるな。君はこれを知ってどうする?オキシトシンN販売後の日本は、自殺者数は著しく減少し、婚姻率、出生率も右肩上がりとなった。皆が愛情に素直になることが出来た結果だ。君が明日マスコミを使って、オキシトシンNの効果は全部嘘だったんだ、と日本国民全員に対して説明したとしよう。まあ当然会社は潰れ、厚生労働省は責任を追及されるだろう。そして、歴史的な詐欺事件として永遠に語り継がれるだろう。その時、君はヒーローになるだろうか?日本国民は皆、今の生活に満足し、幸せを感じている。それを壊してまで、君が貫きたい正義は何のためだ?君自身のためか?君の誇りを守るために、日本国の未来を潰すのか?」
「俺は…」
俺は次の言葉が出なかった。
「ひとつ言い忘れていたが、オキシトシンNの大ヒットで得た当社の利益は、会社経営上必要な分を除いて、全て日本国の子供を守るための慈善団体に寄付している。それでも国民を騙して不当に利益を得ていることには変わりはないのかもしれないがな」
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