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サチコ……
俺はパスタと茹で汁の熱にうなされ目を覚ました。前例のない最悪の朝だった。
最悪の朝を迎えてから短い時間の中で、何度もパスタのことを考え、何度もパスタと声に出した。
パスタ、パスタ、茹で汁、サチコ、パスタ、茹で汁、パスタ、パスタ、サチコ……
まるで日本とイタリアを何度も往復しているような感覚。マイルもかなり貯まったんじゃないかと錯覚してしまう。
このマイルを利用してどこか旅に出ようと空港に向かってしまいそうだ。そして俺は空港で「マイルはある!」と言い張り、両手を大きく広げ羽ばたきながらチェックインしようとするんだ。そりゃもう大騒ぎさ。
とんでもなくヤバイ奴が来たぞと警備員や警察官など警が付く屈強な大人達に囲まれ取り押さえられるんだ。「やめろー俺にはパスタで貯めたマイルがー!」「暴れるんじゃない言い訳は署で聞く!」
今一瞬、恐ろしい未来が見えたよ。危ない危ない。
こんなんじゃイタリア人に笑われちゃうな。そもそもマイルが何なのか知らんし。
サチコ……
なぜパスタ? なんてちっぽけな疑問は、今となってはもうどうでもいい。パスタの茹で具合がアルデンテである以上、出てくる答えは、ゆるぎない。
嘘ジジイが教えてくれた、アルデンテの意味。
『失った何かを取り戻す』
今の俺の心に痛いほど突き刺さる言葉。
さっき俺の舌先が撫でた一本のアルデンテパスタ。
彼女からの無言のメッセージをしっかりと受け取った。
離れてしまった。失ってしまった。サチコの心を、取り戻してみせる。
幸い今日は月曜。出て行ったサチコは近くのコンビニに立ち寄り少年ジャンプを購入している可能性が高く、まだ遠くには行っていないはず。
今追いかければ間に合う。
慌てて玄関に走り、裸足のまま飛び出そうとしたとき。
カラカラカラカラカラッ、ガサガサッ、ジャァァァーーーー。
トイレの方からペーパーを激しく巻き取り、水を流す音が聞こえてきた。
サチコは居たのだ。
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