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「熱燗とふろふきもすぐに温まりますので先に召し上がっていてください」
箸を付けずにソワソワとする三十路男が可笑しく放っておこうかとも思ったが、せっかくなので早く食べた感想を聞きたい。
自分が作った訳ではないが母親の料理を褒められるのが好きで小学生の頃はよくお弁当を自慢して回っていた。今も昔と変わらず自慢したくて仕方がないのだ。
「じゃ、お言葉に甘えてっと」
綺麗にお箸を持ち鰹を一切れ口に運ぶ八代先生を今度は俺がソワソワして眺める。
答えなど分かりきっているがそれを八代先生の声でききたくて、感動する表情を見逃したくなくて、前のめりに八代先生の感想をまつ。
「うま、……このかつお臭みが全然ないな。寺崎んちって料理屋かなんかだったか?さっぱりしてて疲れててもいくらでも食えそうだわ」
これこれ、この瞬間。
母親の料理を大絶賛されここまで喜ぶ息子も珍しいかもしれないが、俺はこの瞬間がたまらなく好きなのだ。
あとで実家に電話でお礼をしよう。きっと母親も大喜びでまた作ってくれるだろう。
「その鰹のたたき半日くらい大根おろしとレモンに浸けてあるんですよ。なので臭みは大根おろしに全て移りレモンの酸味でさっぱり食べれるそうです」
「へー、寺崎も作れるのか?」
「おれ……僕は食べる専門なので作れないですよ。以前母にお味噌汁の作り方教わったのでそれくらいしか」
「学校じゃないんだから無理に一人称変えないでいいぞ。おー味噌汁いいな、食いたい」
「冷蔵庫にビールしか入っていないのにどうやって作るんですか」
温まった燗とおちょこ、ふろふき大根を八代先生の前に並べ俺も向かいの席に腰掛ける。
燗を自分の方へ寄せ八代先生に「一杯どうぞ」と傾ければおちょこを手に今一度「サービスいいな」と茶化された。
「今日はお礼で伺っているので特別です」
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