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今まで一秒たりとも興味を持てなかったその人に、その手にたちまち目線が吸い寄せられていくのがわかった。前を向いていて、こちらからは肩のあたりで揃えられた髪が時折揺れるのしか見えない。__どんな表情をしているのだろう。どんな表情で、どんな目でその白をなぞるのだろう。
話し掛けることもできないまま、昼休みが過ぎていく。
「呼び出し?またなの?」
「あー、うん。色々あってね」
一緒に帰るべく誘いに来たマシロに、曖昧に笑って答える。あの日の昼休みから既に一ヶ月が経つ。あの日から、時折放課後最後までゆっくり残って人が捌けるのを待つ。今日も今日とて学活から30分くらいたったあたりで教室は静まり返る。
「……いいの、一緒に帰らなくて」
「うん」
最後の一人が出ていったのを見計らい、自分の椅子を前に引きずる。斜め前、柏木さんの席の前にことりと置く。
「貴女も懲りないよね」
揶揄うような、それとも批判されてるとも取れる台詞に薄く笑う。
私は、気づいてしまったのだ。『私の見る白いものは、常に汚れていた』逆に言えば『白とは汚れるもの』であり『汚されるべきもの』だと。多分、それが私が白に見出した唯一の価値なのだと。まだ使っていない新品の靴は、いつか汚れる運命にあることを知っているから新品の状態を美しいと言えるのだ。標識しかり、交差点の白しかり。
「私はそうは思いませんけど」
「柏木さんの感想なんか求めてないよ」
私一人が知っていればいいだけの、特別なことだもの。
そう言うと柏木さんは呆れたように笑った。
「倉木さんの影に隠れてて見えませんけど、貴女も大概、そういう人なんですね」
倉木、というのはマシロの名字だ。
「ねぇ本出してよ」
「嫌です」
「なんで」
「汚すでしょう」
勿論、と満足げに頷く。初めて放課後に話しかけたとき、私の手は絵の具でべったりと汚れていた。そして満面の笑みで叫ぶ。『本貸してよ!!』
「白いものは白いままがいいんです。ほら、帰りますよ」
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