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――でも、確かに難しいお題よね。ぬくもり、ぬくもり…ぬくもりってそもそもなんだろ。漢字で書くと“温もり”…まああったかい温度のことよね。
しかし、単純な温度だけを指す言葉でないことは明白だ。人の優しさや人情にぬくもりを感じることもあるのが人間なのだから。では、そちらで一つお話を書いてみるのもアリだろうか。ただ残念ながら、バンドマンの言う通り彼氏いない歴=年齢の自分である。恋人の温もりうんんぬん、なんて話は書けそうにない。では、家族や友人ではどうだろうか。友人――残念ながら上京してきて以降、大半の地元の友人とは疎遠になったままだ。そして職場では――いかんせん同僚の大半が五十歳オーバーである。話も性格も合った試しがない。
家族も――ああ、子供の頃の思い出、とかなら書けなくもないのだろうけれど。現在でいうと、正月に一度帰るかどうかとういレベルなわけで。
『寂しい時に、家族や仲間の優しさを感じると…心があったかくなりますよね。俺も上京してきて結構長いこと一人暮らしだったから、分かる気がします。一人暮らしの部屋で、誰にもただいまと言って貰えない。でも、仲間に会うと一人ではないと感じます。その瞬間のあったかさって、きっと“ぬくもり”って呼べるものだったんだなって…今ならそう思うんですけど』
マナミさんはどうですか?とバンドマン。
『淋しい時に、誰かの優しさをあったかく思った体験。そういうのを短編作品にしてみてはいかがでしょう?』
『へえ、そういうのもいいのかもー?』
『ぐすっ…そうだよな、淋しい時ほど味噌汁の味がしみるもんなあ…』
地縛霊トリオの眼が、一斉にこちらに向く。風俗嬢でさえ、爪を見るのをやめて私の方を見ている。で、私はというと。
「……あ、れ?」
少し考えて――きょとんとしていた。何故なら。
「……最近、淋しいって思ったこと…ないかも」
『あれ、そうなんですか?』
「うん」
一人暮らし、友人とも疎遠、家族とも殆ど会えないし同僚達とは話があわない。それなのに、此処に越して来てから寂しくて泣きたい夜というのを過ごした事が一度もなかった。
その理由に、すぐに思い至る。――当然だ、だって自分の部屋には、はた迷惑な先住者が三人もいたのだから。
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