月を見上げて

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月を見上げて

遥か離れた街にいる君 この連休に会えるはずだったのに 急な仕事で来れなくなった 次に会えるのはいつかわからないまま 通話を切ってしまった会社の帰り道 綺麗な月なんて何処にも見えないよ 見えるのは涙の水面に浮かんだ歪な形の ものだけだ 君は私に会いたくないの? 仕事がやっぱりどうしたって一番なの? そんな愚問は大人になったら しちゃいけないの? 君が好きな甘酒を買って 月見団子の材料も揃えて 二人で今夜を過ごすはずだったのに 月なんて嫌いだ 見上げてなんかやるもんか でも 下を向いたらきっと泣いてしまう だから月を見るふりをして歩くんだ 泣くもんか 絶対に次君に会えるまでは 泣くもんか また泣いたの?って君に言われちゃうから そんな風に誰もいない部屋に帰りついたら 抑えてた涙が溢れた 君の住む方角にそっぽを向いて 好きな音楽かけてシャワーを浴びて 甘酒で一杯やりながら 二人分作ったお団子を全部平らげて 君なんか知らないって 膝を抱えて眠った 次の朝 目覚めたらもう日は高くて 君が私を抱き抱えて眠っていた 私の手にはスマホが握られていて 起き上がった私に君も目覚めて 安心したように息を吐く 「ごめん、月見できなくて」 君は本当に申し訳ないって顔してる 「…来れないんじゃなかったの?」 「月を見上げたら、泣いてるように見えたんだ。君も同じじゃないかって思ったら、いてもたってもいられなかったから、徹夜で終わらせて来た」 君も同じように月が歪に見えたんだね 「会えたね」 「うん」 「また泣いた?」 「泣かないよ」 嘘だって君は私の頭を撫でて くしゃっとして それから甘いキスをくれた 仕事がある君に これ以上の迷惑はかけられない でも本当は ずっとここにいて欲しい やがて来るサヨナラに俯いた私の手のひらに君は小さな箱を載せた 「君に」 箱を開けたら、まんまるな黄水晶(シトリン)のリングが入っていた どことなく昨日空に浮かんでた 月の色に似てる 「一緒に暮らそう」 君は目を細めて、それから私の手を取った 涙でシトリンの形が歪に見えてくる もう何が君にとっての一番とか 考えなくても いつも側にいられるね 月もシトリンも もう歪になんか見えなくなるね 君と一緒にいられる そんな日々が永遠になるのなら 「一緒に暮らそう」 そう言った私の薬指に君は それをはめてくれて 綺麗にまあるい月が 所在無さげだったさっきまでの 白い手のひらに浮かんで 煌めいたんだ
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