聖人君子

誰も知らない

「澤田君ってすごいよね。生徒会長に立候補したんでしょ？」

「澤田君ってまじめだよね。学校休んだことないらしいよ」

「学校の成績はいつもトップで」

「友達もたくさんで」

「運動もできて、いつも笑顔なイケメンだよね」

澤田は自分の噂話のことをよく知っていた。
クラスメイトの誰が自分を好きだとか。
誰が自分を嫌っているかとか。

「澤田、出かけようぜ」

「勉強、教えてくれよ」

澤田は友達のことをよく知っていた。

誰がどの子が好きで、どの先生が嫌いで、
昼休みはどんな風に過ごしているか。

大学を卒業し、社会人になった。

「澤田は上司に気に入られるなあ」

「澤田はいつも定時には帰るなあ」

「営業成績はいいけど」

「会社にいなくて」

「いつもヘラヘラしてる、へんなやつだよ」

澤田は上司のことをよく知っていた。
働きたくないのにずっとこの会社にいること
飲み会が嫌いなのに、呼ばれても行かないやつが嫌いなこと。
借金を抱えてしまい、ランチにも行けないほど貧しいこと。

「はい」

澤田は昔から勉強が得意ではなかった。
スポーツも得意ではなかった。

人見知りで、人と話すのも苦手だった。

「澤田はいいよなあ」

本当の澤田を、誰も知らない。