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産後の、とある日。なんの前触れもなく、最も気にしていた、その目の脇の大きなシミのすぐ下に、そのシミより数倍の濃さはあろうかというシミができてしまった。
初めての育児に目まぐるしく毎日を過ごしてはいたものの、そのシミは、「確かに昨日まではなかったはずなのに!」と目を疑いたくなるような現れ方だった。
妊娠、出産でシミができやすくなるとは、聞いていたから、覚悟はしていたものの、その瞬間の私は、不意をつかれて動揺してしまった。
ああ、私は、なんだかんだで、油断していたのだ。どんなに焦るように必死に日々に食らいついて生きていたとしても、老いはやってくる。それも、出産をして、加速度をつけてやってきてしまったのだ。
その時の私の頭の中にあったのは、若かった20代の頃に、色白を褒められるたびに、謙遜をするために自らが発していた、あの言葉だ。
それは、多分、事実であると共に、向けられた羨望に対しては、その嫉妬を和らげるような救いに満ちた、自愛の言葉のはずだった。
「でも色白だと、シミができやすいっていうから」
照れたような笑顔で、言っていた私を、ぶん殴ってやりたい。
そして、その2年後に、私は次男を産んだ。37歳となった今、私はもう、色白を褒められたとしても、何の言い訳もする必要がなくなった。ただ、この顔を見てもらえばいいだけ。
この、シミだらけの顔を。
ママ友たちの中には、普段はノーメイクで済ませている、だなんて子もいるけれど、私はそんなわけにはいかない。
今日だって、熱を出した長男を病院に連れていくというのに、私は必死に顔にコンシーラーを塗りたくっている。一刻も早く、向かうべきなのに。
そもそも、コンシーラーなんか意味がないのだ。これまで、できうる限りの買える範囲で、いろんなコンシーラーを試してみたけれど、結局は、何を使ったってさほど効果に違いなどなかった。
どれも、塗った場所がくっきりと浮き上がってしまうのだ。まるで、色付けし終えた水彩画の、一箇所だけを二度塗りしたような分かりやすさで。
あざとさの、欠片も無い。
なのに、私は、熱を出した長男を待たせてまで狂ったように塗りたくり続けているのだ。
最終的に、顔の全体をコンシーラーで塗り潰す日がやってくるんじゃないかしらと、あながち冗談でもなく思っている。かなり、ゾッとしない話だ。
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