第三章 悠然な鳥

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 ベネチアンマスクをつけた男性も、エリスが跪かなかったことを気にしていないのか、口元は不機嫌そうに歪められているわけでもなく寧ろ楽しそうに微笑んでいる。何故そんな2人を見て楽しそうにしているのかは龍にはわからなかった。 「皆様、どうぞ楽にしてください」  スカジのその言葉に全員がゆっくりと立ち上がった。伸びをするような人はいなかったが、楽にしろと言われても背筋を伸ばして姿勢よく立っていた。 「ではこれから、国王様からのお言葉を読み上げます」 「あら、国王様はそこにいらっしゃるのに、ご本人は何も話さず、貴方が国王様のお言葉を読むのですか?」  部屋にいた誰かが言った。女性のような声だが、男性の声のようにも聞こえた龍は声のした方向を見た。だが、人が多く誰が発した言葉だったのかはわからなかった。フードを被っている人が多く、男女の区別もつかない。いったい誰が発した言葉だったのだろうか。男性なのか女性なのか気になったのだが、誰かを突き止めることはできないので龍は諦めることにしたようだ。  声の主の言葉により龍は玉座に座っている男性が国王だと知ったのだが、あの時跪かなくてよかったのだろうかと思っていた。玉座に座っているのだから、国王だと考えればわかることではある。だが、龍は僅かに残っている記憶の中では国王に会ったことが無いのだ。わからなくても仕方がないことだろう。スカジが睨みつけてきた理由もこれでわかった。相手は国王なのだから、跪かなければいけなかったのだろう。龍には跪くことができなくとも、頭を下げることくらいはできたのだ。だが、なぜエリスは跪こうとしなかったのか疑問に思った。  エリスは国王が嫌いなのか。もしくはもっと別の理由があり、跪くことをしなかったのか。本人ではないので、わかりはしない。その理由を知ることができるのだが、今は知ることはできない。先の話。それに、知りたいとも今の龍は思いもしないのだ。もしもその理由が知りたければ、今すぐにでもエリスに聞いてみるだろう。しかし、聞いたとしてもエリスは理由を教えてはくれないだろう。  玉座に座ったのを見て国王だと気づけなかった龍だが、一度も国王という存在や玉座を見たことがないのだから豪華なイスに座る変わった男性としか思わなかったというのもある。龍にとってはその程度だったのだ。
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