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「お前、この冤罪事件の被害者って知ってるか?」
「女子高生の方のことですか?確か名前は──……」
「真田灯。──俺の幼馴染みで、彼女だった奴だ」
店長のその告白に、僕の心臓はどくん、と大きく跳ねた。
「……それ、ほんとですか?」
「んなもん、嘘吐いてどうすんだよ」
店長はそう言って笑ったけれど、僕は笑うことなんて出来なかった。
笑うことは得意な筈なのに、出来なかった。
そんな心情を知る由もない店長は視線をスマホに戻しながら
「つーか、この事件の時なんてお前、2才くらいじゃねぇ?よく知ってんな」
と言った。
──どうしよう。
言うか、言わないか。
この事実を──その冤罪で捕まった犯人は自分の父親だと、店長に言うべきかどうか迷った。
言うのは少し気まずい。
冤罪だったとは言え、父も始めは犯人扱いされていたのだ。店長にとっては思い出したくもない人物に違いない。
悩んで、悩んで──僕は、口を開いた。
もしかしたら店長と話すのはこれで最後かもしれない、と思いながら。
「──その冤罪で捕まった天木和成は、僕の父親でした」
そう言うと、店長は「は?」といいながら再び僕を見た。
顔にはわかりやすく「何を言っているのかわからない」と書かれている。
そんな店長に僕はもう一度言った。
「その冤罪で捕まった人は、天木和成は僕の実父です。ついでに言うと、真犯人は父の親友でした」
「え……でも、苗字が違うじゃねぇかよ?」
「……父は、僕たちに──妻や子供に迷惑を掛けないように、任意の時点で僕の母に離婚届を出させていました。きっと、この冤罪は晴れないだろうということを悟って──……」
そこで言葉を切り、店長を見ると口をあんぐりと開けていた。
パサパサに乾燥した饅頭を突っ込みたくなるくらいの開きっぷりだ。
しばらくその口を眺めていると、店長は漸く事態を飲み込んだのか、「マジかよ……」とぼやいた。
「すみませんでした。僕、知らずに……」
「いや、何でお前が謝るんだよ?」
「だって、僕は犯人として捕まった人の息子ですよ」
「でも、あいつは──天木は冤罪で──……」
「それでも店長は最初、その人を犯人だと認識していたでしょう?」
その言葉に、店長は口を嗣ぐんだ。
「例え父が冤罪だったとしても、少なくとも店長にとっては事件を思い出させる、忌々しい人物なのに違いないとは思います」
僕はその当時のことはよく知らない。だけど、事件のことはよく知っている。
中学生の時にあの事件の事が書かれている新聞や資料を片っ端から探し、読み漁ったからだ。
だから被害者がどんな女性で、周りの人がどう思っていて、遺族の人がどれたけ悲しんだのか、よく知っている。
店長の名前や恋人という記載があったかどうかは覚えていないけれど、だけど、店長も悲しみ、苦しんだに違いない。
そんな中、犯人が捕まった。
朗報だった筈なのに、その犯人には反省の色がない。
自分の彼女の命を奪ったのに──……。
考えただけで、胸が締め付けられた。
自分の彼女を殺した犯人が悪びれもなく生き、そして罪を償うこともせずに自分の思うままに自殺するなんて……想像しただけで反吐が出る。
きっと店長もそれは同じで、当時はとてつもない怒りと、やるせなさを抱いただろう。
店長はその怒りをぶつける相手すらいなかった筈だ。
「僕」という存在はきっと、そんな感情を思い出させる存在だろう。
それなのに、僕は知らなかったとはいえ、ここへ来て──居心地のいいこの場所を拠り所にしようとした。
そんなの、店長からすれば許せないことだろう。
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