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「──僕、このお店辞めます」
「は?」
僕の言葉に、店長はすっとんきょうな声を上げた。
「この先、僕を見るたびに店長はあの事件のことを──灯さんのことを思い出すでしょう。そんなの、よくないことです」
店長は表面上の僕じゃない、「ありのままの僕」を受け入れてくれた人だから。
「僕は店長を苦しませたくありません。だから──……」
「お前が灯を殺したのか?」
店長のそんな唐突な質問に、今度は僕が「はい?」とすっとんきょうな声を上げてしまった。
「お前が灯を殺したのかって聞いてんだよ」
店長のそんな質問に困惑しつつも
「い、いえ……違いますけど……」
と答えると、店長はニカッと笑った。
「じゃ、関係ないな。よし、そろそろ表出るぞ」
何事も無かったかのようにさっさと事務所を出ていこうとする店長を「ちょ、待ってください!」と引き留めた。
「なんだ?そろそろ行かねぇと昼に怒られるぞ?」
「いや、そうなんですけど……気にしてないんですか?」
「何をだよ?」
「ですから……僕が天木和成の息子だってこと……」
その質問に店長は「はぁ……」とため息を吐いた。
そして、
「だから、んなもん関係ねぇだろって。
そりゃお前が灯を殺したんだったら、俺はお前を憎むだろう。だけどな、お前が灯を殺した訳じゃねぇだろ?
なら、お前を憎む理由なんてない。
もし仮に天木が冤罪じゃなかったとしても、それは変わんねぇ。お前は関係ねぇ。ただの息子なだけなんだからよ」
と答えた。
その解答に──僕は、笑った。
「おまっ、何笑ってんだよ?!」
「だって、ぷふっ……そうですか……ははっ」
あまりにも店長らしい真っ直ぐな解答に僕の笑いは止まらなくなった。
「何を笑ってるのか知らんが、まぁいいか。好きなだけ笑ってから表に来い」
笑い続ける僕に理由を聞くこともなく、店長はさっさと表に出ていった。
多分、店長なりの気遣いなのだろう。
あの人は意外と懐が深い上に勘がいい。
──あーぁ。参ったなぁ。
この恩、どうやって返そう。
その答えは割りとすぐに出たけれど。
──……店長のわかりやすい好意にも気付かない鈍感すぎる"彼女"をどうしたらいいものか……。
骨が折れる"恩返し"になりそうだ。
僕はそんなことを思いながら店長の後を追って事務所を出た。
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