天使の仕事

3/3
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
私は息を押し殺して生きてきた。気づかれないように、目にとまらないように、もう、怒られないように。それだけを考えながら家で生活していた。そっと息を吐く 「おい、」父親の声に、びくっと肩をふるわせる。次の瞬間、 がしゃあんっ! 私の息を遮るように、存在を否定するようにたたき壊す音が響く。  ああ、また…すうっと心の奥に自分の意識を閉じ込める。よし、 「ーーー!ーーー!」 大丈夫…見ても、聞いても、見てない、聞いてない…  私はずっと浴びせられる怒鳴り声や破壊音に心を殺して対処し続けた。ああ、あとちょっとかな…まだ…怒鳴ってるかな…今日はたくさん飲んだのね… 冷静に事実を淡々と受け止める「自分」を代わりに置いておき、傷ついてしまう「心」には聞かせないように奥に置いた。  「なんにもできねえガキがっ」びくっ いけない、「心」に触れてしまう。もっと心を沈めるんだ…できるだけ怒鳴り声を雑音のように頭から流していく。そうやって、私はこの家で生きていくすべとして、心と自分を使い分けていた。けれどいっぱいいっぱいだった。息継ぎをしているようで、いつおぼれるかもわからない。いっそおぼれてしまった方が楽なのかもしれない。けれど、力を抜いて諦めてしまったとき自分がどうなるかの方が心配だった。私にとっては、諦める、という方がずっとつらい決断だった。少なくとも今の状態ならなんとか本当の心を守っていられる。 家で心を殺すたびにおびえた。このまま心がない人間になってしまったんじゃ無いかと。誰かに優しくできたり、物語に感動できたりするたびに安心した。 まだ…私の心はここにある。奥にしまい込むたびにどこかになくしたんじゃないかとびくついて、見つけて安心する。その繰り返しだった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!