押し入れの本

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押し入れの本

その日は、とても寒い冬の日であった。 街を行き交う人達は、それぞれ手袋をしたり、マフラーをしたり、皆暖かい格好をしていた。 その中に、一人の老婆が杖をつきながらゆっくり歩いていた。 今にも雪が降りだしそうな空。 冷たい風が老婆の歩みを遮ろうとする。 その時、ピュッと強い風が吹いた。 老婆はたまらずよろめく。 もう倒れると思われたが、不意に体を支える人が。 「大丈夫ですか?」 そこには一人の青年がいた。 老婆はコクリと頷くと、青年の方へ向き直し、もう一度丁寧におじぎをした。 青年は老婆に笑顔をみせると、街の中へ消えていった。 それから老婆はバスに乗り、また少し歩き、ある場所に着いた。 先程と違い、行き交う人もいないその場所には、老婆がただ一人いるだけである。 その老婆の目の前には、墓石があった。 近くで買った花を添え、線香をあげ、老婆は静かに手を合わせた。 「おじいさん、私も、もうすぐですかね。」 そう一言告げ、老婆はその場を後にした。 雪が少し降ってきた中、老婆はまたゆっくりと家路へ向かった。 若い人なら一時間とかからないであろう家路を、約二時間かけて家に着く。 家に入ると、冬の寒さが和らいだ。 「あ、お母さんお帰りなさい。」     
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