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「街の露店で買ったんだ。綺麗だよね」
「二人でお互いに似合う指輪を選んだんです」
「まあ、それはいい思い出になるわねぇ」
何気ない会話が続いていく。いくつかの話題を経た後、婦人が新しい話題を振る。
「そういえばお嬢ちゃんたちはどこまで行くんだい?」
ルーが答える。
「別にこれと言った目的地は無いんだ。お父様に見聞を広めてこいって言われて旅をしてるからね。こっちの子は私の付き添い」
「あら、じゃあお嬢ちゃんは良いところの本物のお嬢様ってことかい?すごいねぇ、まるで詩人の語る物語みたいじゃないか」
「いやぁそんな大したもんじゃないよー」
そんな会話を横で聞いていると、
「まあそんな張り詰めなさんな、兄ちゃん」
向かいの席に座る護衛が話しかけてきた。
無精髭を生やし部分鎧と剣で武装した熟年の戦士だ。振る舞いから昔は兵士だっただろう事が窺える。
「上手く隠せてるが尋常じゃない殺気だ。嬢ちゃんたちを守りたいのは分かるが、そんなんじゃ護衛としちゃ二流だぜ」
「仕事がこなせれば何でもいい」
「分かってないな、護衛ってのは敵を倒せば良いってもんじゃない。むしろ敵と対峙していない時間の方がずっと長い。その時間で築いたものが本当の危機の中で生きてくる事もあるもんだ」
「そういうものなのか?」
「そういうもんさ。
守りたいものとはしっかり向き合えって事だ」
「……気には留めておく」
「だけどまあこんな乗合馬車、はなっから襲うような旨味は無い。心配するような事は何も起こらないさ」
それからしばらく順調に進んでいたが、前触れもなく馬車が制動をかけて停止した。乗客たちは怪訝そうに顔を見合わせる。
御者台と客席を隔てる帳をめくって御者が顔を出した。護衛が声をかける。
「どうした?」
「倒木です。恐縮ですがお客様にも手を貸して頂けませんか?」
それを聞いた乗客たちは仕方ないといった風情で立ち上がり、馬車を出て御者の元に集まった。
こういう乗合馬車では運行に支障が出た時は乗客たちの手で解決するのが慣わしだ。別に珍しい事ではない。
馬車の中には俺達三人と馬車の護衛と婦人だけが残った。
ベネウォルスは不安そうに様子を窺っている。
「私たちも何かお手伝いしませんか?」
「いいんだよ、こういうのは男衆に任せておきな」
婦人が呑気に答えた。
外では御者と乗客たちが街道を塞ぐ倒木を取り囲んでいる。
向かいの護衛を見るとわずかに緊張した表情をしていた。
護衛は俺に向け声を潜めて話す。
「やっぱり嬢ちゃんなのか?」
俺は答える。
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