不可解

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不可解

 とある町の広場で幼い少年が一人泣いていた。  目を押さえている手の隙間から大粒の涙をぼろぼろと落とし、みっともなく嗚咽を漏らしているその様はとても惨めだった。  空を覆って陰鬱な雰囲気を作り出している分厚い雲から雨が降ってこないのは、代わりに少年の目から流れているからだと言われれば思わず納得してしまいそうだ。  少年の周囲には多くの民衆がいたが、広場の中央にある無人の絞首台を見ていて誰も少年を見ていなかった。  少年は涙を拭う手の隙間から人々の様子を窺った。すべての人々が絞首台を見ているとわかるのに、なぜか誰一人として顔を見られる角度にいなかった。  がたん。  板と縄が動く音がした。  少年が音がした方を見ると、さっきまで誰もいなかった絞首台が使われていた。縄にぶら下がったものはまだ揺れている。  人々の間で拍手が起こった。ぱらぱらと、やる気の無い拍手だった。 「あれは、」  人々が口を開く。 「死んで当然の人間だ」 「ちがう!」  少年は泣くのをやめて声をあげた。しかし、いつ次の涙が溢れるかわからないので手は目を覆ったままだった。 「権力者に言われるままに」 「邪魔者を排除して」 「美味しい思いをした挙句」 「調子に乗って」 「切り捨てられた」 「間抜けな」 「死んで当然の人間だ」 「ちがう!」  次の瞬間、人々が一斉に動いた。そのすべてが少年に目を向けた。  少年は恐怖を感じたのか、たじろいで怯えていた。何より少年を恐怖させたのは、確かに人々はこちらを見ているのに誰一人として顔を見ることができないことだった。 「本当に違うと思っているのか?」  人々が詰め寄ってくる。 「あれはみんなを幸せにしたいと本気で思っていたのか?」 「自分には人殺しの才能しかないからそれで人々を笑顔にしよう、なんて考えがいかれていると思わなかったのか?」 「騙されて利用されていたからあれは悪くない、なんてお前は本気でそう思っているのか?」 「お前を拾って育てていたのも自己満足以外の何物でも無いと思わなかったのか?」 「お前に殺しの技術を教える時、あんなに嬉しそうな顔をしていることがおかしいと思わなかったのか?」 「頭のおかしな狂人が長生きできると本気で思っていたのか?」  顔の無い人々は少年を追い詰める。 「お前がなりたいと思っていたものはあれだ」  すべての人々が同じものを指し示す。縄にぶら下がったものはもう揺れていない。 「お前は誰も救えない」 「お前の理想は叶わない」 「お前の現実はくだらない」  人々は少年を取り囲み押し潰す。分厚い雲で覆われた空がゆっくりと落ちてきて、少年の世界がどんどん狭くなっていく。少年はもう、息をすることすらできない。  そして何もかもが潰れた世界で、俺は誰かに呼ばれた気がした。
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