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「ふぅん?」
「馬車の中でお前はこう言っていた。『自分は父親に見聞を広めるための旅に出された』と」
「………へ?」
「そして賊から聞き出した話は『貴族の令嬢が少ない護衛で旅をしている』というものだ。
人が嘘をつくとき、完全にでたらめを言うことはできない。ある程度筋道の通った作り話をする。これらの嘘は委細がよく似ていると俺には思えた。だから出どころが同じである可能性は高いと判断した」
「たったそれだけのことで?それってほとんど勘だよね?」
「理屈の無い直感が正しいかかどうかは経験でわかる」
「………流石本職は言うことが違う」
ルーは呆れている。俺としては信頼できる判断基準のつもりなのだが。
しかし、なぜか嬉しそうにルーが言う。
「でも、やっぱりケラレさんには見落としがあるよ。こればっかりは仕方のないことだと思うけどね」
この状況で時間稼ぎのはったりをするとも思えないが、考えても何を見落としているのか俺にはわからない。俺はルーの言葉を待つ。
おもむろにルーが横を見る。
「ねぇケラレさん、『あの子』を容疑者から外した理由を言ってみてよ?」
ルーの視線を追った俺の視界に入ったのは寝息をたてているベネウォルスだった。
ベネウォルスを疑わなかった理由?そんなもの言えるわけがない。
何も無い。本当に何も無い。最初から完全に疑っていなかった。疑うという発想すら湧かなかった。
俺は戦慄した。
「あー、心配しなくていいよ。魔法を使った精神汚染とかじゃないし、そもそもあの子は私の企てを何にも知らないから」
「どういうことなんだ?」
ルーはこのことを話せるのが嬉しくて堪らないとばかりに恍惚としている。
「やっぱりびっくりするよね。私も気づいたときはそうだった。
良いか悪いかは別として、世の中には『疑うことを知らない人間』ってのがいるよね。あの子はその逆の存在、『疑われることを知らない人間』なんだよ。
あの子は確かに誰が見ても清廉ではあるけれど、邪なことをまったく考えないわけじゃないし小さい頃は子供らしいいたずらもしてた。だけど、あの子が自ら名乗り出る前に叱られるのなんて見たことがない。
あの子は本当に疑われない。すぐには理解できないかもしれないけど、長年あの子の側に居続けた私には実感できるんだ。
本人に話してみたこともあるけど自覚は無いみたいだった。なんていうか、私が体感したのは技術とか魔法とかそういうちゃちなものじゃ断じてない、もっと素晴らしいものの片鱗なんだよ」
俺はルーの説明で納得したわけではないが、ベネウォルスには何かがあると感じざるを得なかった。
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